はっきり言って俺の幼馴染はかなりかわいい。そのせいかあいつはよく男に呼び出されて、 告白されているのを何度か見たことがある。でもかわいいのは見た目だけで、は変わ っているというかなんというか、とにかく普通の人間なら「いや、おかしいだろ!」という 行動をとることが多々あるのだ。

中学のとき、今と同じようにお互いチャリ通で、雨とか降ると、レインコートを着てチャリ にまたがり学校に行ったものだった。(傘を差して登校しようものなら、生徒指導室に呼ば れ怒られる、何故か学生の通学路に先生が立って見張っている、そんな中学だった。)朝か ら晩までバケツをひっくり返したようなどしゃぶりの雨が降る日も年に何回かあるものだが、 は朝登校するときはちゃんとレインコートを着るくせに、帰りはどんなに雨がひどく てもびしょぬれになって、スカートやら髪の毛やらから雨を滴らせながら家に帰ってくる。 その度におばさんの「あんた!床がびしょびしょになるから、そこで制服脱ぎなさい!」と いう怒声が隣の家から聞こえてきたものだ。もはや名物化している、俺の中で。そして俺は その度に、今あいつは下着姿になって(いや、タオルくらいは巻いているか)、廊下をしゅ んとなりながら自分の部屋に向かっているんだという思春期の少年にとっては、いささか刺 激の強い妄想をしつつ、の部屋の電気がつくのを見る。何故かそれが雨の日の日課と なってしまっていた(だって雨で野球もできねぇし)。風呂場に直行するという考えは彼女 にはないらしい。10割の確率で、おばさんの怒鳴り声のあとにすぐの部屋の電気がつ くのだから。そして、雨の日、俺は妄想のせいで少しばかりの罪悪感と何とも言えないもど かしい気持ちを抱いてしまうのだ。はっきり言って梅雨の時期とか辛い。

最初、俺はレインコートがダサくて嫌なのだと思っていたが、高校に入学してからも、それ は変わることがないらしい。(高校は、傘を差してチャリをこいでも中学のときほどうるさ く言われないから、レインコートを着ている奴なんてゼロに等しい。) 今日という雨の日にも、ぬれて帰ろうと傘も差さず、レインコートももちろん身につけず、 チャリをこぎだそうとペダルに足をかけているを、俺は偶然チャリ置きで見つけてし まった。
「お前、そろそろそうやってぬれて帰るのやめれば?」
「あ、隆也。今日部活はないの?」
「(どうしていつもこう……俺の質問に対する答えはないわけ)…雨だからミーティングだ
けだった。」
「そうなんだ。じゃあ久々に一緒に帰ろうよ。お隣さん同士、ね?」
は首を傾けてにへらっと笑った。あー多分男どもはのこういう行動がかわいく てたまんねーんだろうな。俺なんかこいつの甘えるときのこういう顔、小さいころから見て るのに未だにかわいいと思ってしまうんだぞ。
「あーでも俺、今日チャリじゃねえんだわ。」
「何で?どうやって学校来たの?」
「だいたい雨の日は歩きだよ。朝練ないから急いで学校くる必要もねぇし。」
「わお!初めて知った幼馴染の新たな一面♪」
「(何言ってんだ)まぁでも俺がこいでやるから、お前後ろ乗って帰れば?」
俺の傘をこいつに渡して後ろから差してもらえば、俺もこいつもぬれずにすむし。
「いいねぇ、それ!採用!」
びしっと俺を人差し指で指して、はにししと笑った。こういういたずらっ子みたいな 笑い方だって俺は小さいときから知っている。こいつが男と笑って話しているのをみる度に、 俺は他のやつらの倍以上こいつの表情知ってるんだよというくやしさのような優越感のような複雑な気持ちを感じていることに気づ かないふりをしていた。(それがやきもちだなんてこと認めたくなかったから。)
俺がチャリにまたがり、が後ろに乗って、遠慮がちにの左手が俺のシャツを引っ張る。
「ばっか。お前、それじゃあどっちかがぬれるじゃねえか。もっと腕をまわせ、腕を。」
「隆也のばーか。」
はそう言ってさらに体を密着させた。いや、これはこれでまずかったか。の柔らかい何かが俺の背中にあたる。(何かなんて分かってるけど。)
「お前さ、何でいつもぬれて帰んの?」
「え!?聞きたい?」
「聞きてーよ。前から思ってたんだけどさ、雨にぬれると制服から下着が透けてんの見えん の。お前分かってる?」
「……隆也のえっち。」
「俺だけじゃねえ。男はみんな思ってるよ、ばか。少しは自分が女だってこと自覚しろよ。」
「……ごめんなさい。」
「で?何でぬれて帰ってたんだ?」
「いや、あのね…大した理由じゃないんだけど、なんか青春してるなーってかんじするじゃ ん、雨にうたれてると。」
「…意味分かんね。雨にうたれて青春してるって何?風邪ひくだろうが!」
「…ごもっともでございます。でもね、こう…感傷にひたれるっていうか、感傷にひたって る自分にひたれるっていうか……分かる!?」
「…ふーん(わかんねーよ)。なんか感傷にひたらなくちゃいけないような出来事が頻繁に あるわけ?」
「あるよ!隆也がシニアの練習で痣だらけになって帰ってくるのにグチひとつあたしに言っ てくれないとか、隆也が今日告白されてたとか、隆也が今日試合に負けたとか、あとは…隆 也と最近会わないなとか、隆也が女の子と楽しそうに話してたとか、隆也と「あ、…」
「何?」
「…もういいよ。」
「そう?」
「…おう。」
こいつ、無意識なのか?計算なのか?いや、でも計算なんかできるような器用な奴じゃねえ し、なんなんだ。の口から出てくるのが俺のことばかりで、俺は不覚にも顔が熱くな るのを感じた。やべえよ、俺の心臓の音よ、伝わるな!!
「隆也。あたし、雨の日はいつもこうやって隆也と帰りたいかもしれない。」
その言葉で心臓がさらに跳ね上がったのをごまかすように、俺は少しだけ振り返って を見ると、彼女の頬がピンク色に染まって俺のシャツに顔をうずめていたので、俺は、雨の 日は歩いて登校して、帰りはこいつのチャリに乗って、の片手に傘を持たせ、もう片 方の手は俺の腰に回させようと、そう心に決めた。

自慢のボロ傘で愛を紡ぐ