カーテンの隙間から射し込む光が閉じたまぶたの裏でちかちかと揺れる。 時計の針をみると6時30分を指していた。起きるにしてはまだ早い時間だけど、 まあそんな日があっても悪くない。むしろ今日に限ってはラッキーかもしれない。 私はゆっくりと体を起こして、おぼつかない足取りで洗面所に向かう。 冷たい水道水が、ばしゃばしゃと私の顔にかかると、眠っていた私の脳は完全に 覚醒した。 キッチンからは、お母さんがつけたであろうテレビから、 お天気お姉さんの声が聞こえてくる。 どうやら今日は快晴で、太陽の光が燦々と 降り注ぐと同時に、 望んでもいない紫外線までもが降ってくるらしい。 5月下旬にしては、かなり暑くなるそうだ。中学の頃から伸ばしている髪は、 今では胸の下まで伸びていて、私は少し傷んでしまった毛先に甘い香りのする トリートメントをつけながら、その髪を頭のてっぺんでまとめる。 汗かいて、 髪が首にまとわりつくのが鬱陶しくなると嫌だし、ね! そうして、くしゃくしゃと 逆毛をたてて、毛先をゴムのまわりに巻いて、 ボリュームのあるおだんごを 完成させた。我ながらなかなかいい形に出来上がった。 部屋に戻ると、パジャマを 脱いで、もはや着慣れてしまった制服に袖を通す。 それから、日焼け止めを塗って、 ビューラーでまつ毛をくるんとカールさせマスカラをつける。 まつ毛もうまくいった! ピンクのチークを頬にのせて、今日は少しかわいらしい雰囲気に仕上げた。 準備は万全だ。 キッチンに向かうとお母さんの作ってくれたコーンスープの匂いがふわりと漂い、 お腹の虫がぐうと唸った。私は大好きなイングリッシュマフィンを焼いて、 ツナと とろけるチーズを挟んだ。それを頬張るとチーズがとろりと溶けて、 舌の上で まろやかにひろがった。空っぽの胃が満たされていく。 お母さんがコーンスープを 入れ、器をコトリと置いてくれた。 やさしい味のするそれは、今日も学校がんばってね とそう背中をおしてくれるような感覚がする。

「いってきまーす。」

いつもより40分くらい早く家を出た。こんな日に早く目が覚めるなんて、 なんて 運がいいんだろう。まばゆい朝の光に目を細めながら、 さわやかな空気で肺を いっぱいにする。(誰よりも先に、おめでとうって言うんだ。) 私は、透きとおった 青い空に、飛行機雲ができるのを見上げ、心臓の鼓動を早ませながら、 学校に足を向けた。 グラウンドでは、野球部が汗をきらきら光らせながら、白球を追いかけている。 その中で 一段と輝いているのが(私の目にはそう映る)、榛名だ。 私は榛名が朝練をしている姿を 見たことがなかった。何故なら、私はいつも遅刻ぎりぎりで、 学校に着いたときには既に 野球部も急ぎ足で教室に向かっているところなのだ。校 舎の入り口でぼーっと突っ立って いると、 私に気づいた榛名がおい、と手を振りながら、近づいてきた。 (どうしよ、うわ、 まだ心の準備ができてない。)

「めずらしいな、こんな早く学校来るの。」
「うん。なんか目が覚めちゃってさ。」

明日雨でも降るんじゃねーのと榛名は意地悪そうに笑いながら、頬につたう汗を腕で ぐいと拭った。 汚れた練習着で拭ったせいだろう、頬に土がついてしまっている。

「榛名、ここ汚れてるよ。」

私は自分の頬を指さしながら、汚れている個所を教える。

「どこ?とれた?」

榛名は、がしがしと乱暴に顔を擦っているけれど、汚れた練習着や手で拭いたって無意味だ。 顔を上げた榛名の顔にはさらに土がついていて、私は思わず笑ってしまった。

「おま、笑うなよ。」
「だって、榛名土まみれだもん。」
「じゃあ、お前とれよ。」

榛名が少しかがんで、ずいと顔を近づけてきたので、 私の心臓がばくばくと音をたて、 顔の温度が1℃くらい上がってしまった。あつい。

、顔赤くねえ?」

そう言って榛名はさらに顔を近づけ、のぞき込んでくるので、私は思わず顔を背けた。

「は、榛名、練習戻んなくていいの?」
「ん?いいの、いいの。朝っぱらからのおもしれー顔見れたし。」
「(!?)」
「てか、もうそろそろ練習終わりだし。」

そ、そうなんだという言葉がのどにつっかえて、うまく発音できず、唾をごくりと 飲み込むと 、榛名が「それより早く土取れよ。」と急かすので、 私はかがんでくれても 届かない榛名の顔を拭うために、 背伸びして、腕をめいいっぱい伸ばして、榛名の顔に 触れた。 思ったよりも柔らかくて、触り心地がいい。 でも、顔を直視することなんて できなくて(さっきから心臓がうるさい)、 榛名の顔の右の方を見ながら、ごしごし 拭いていると、適当に拭くんじゃねーと怒られてしまった。 だから、一瞬だけ榛名の 方に視線を戻すと、榛名の顔が心なしか赤いような気がした。 私、強く擦りすぎたかな、 それとも都合のいいように解釈していいのかな。 (今なら言えるかもしれない。)

「榛名、誕生日おめでとう!」

私は、朝起きたときから言おう言おうと思っていた言葉を、やっと一大決心して 発することができた。 (い、言えた!!)それで満足してしまい、ほっとして榛名の 頬から手をはなすと、 がしっとその手を掴まれてしまった。驚いて、掴まれた手を思わず 凝視すると彼の手は、 ごつごつして、血管もうっすら浮いていて、ああ、男の人なんだと 妙に実感して、 また胸が高鳴ってしまった。

「お前、何で知ってんの?」
「い、いや、なんでって…その…」
「プレゼントは?」
「…ごめんなさい。ないです。」

そう呟くと、榛名は、なんだよー期待して損したーと言いながらしゃがみ込んでしまった。

「じゃあ、今度俺が練習休みのとき、遊園地行こうぜ。拒否権はねえよ。」

榛名はにやりと笑って、掴んだままの私の手にぐっと力をこめた。 思わぬデートの お誘いに、私の脳内はオーバーヒートしてしまって、ま だ胸の内に秘めておこうと思って いた気持ちをとうとう口に出してしまった。(私、ばかだ。)

「榛名、私、榛名のこと好きなんだけど。」 > すると、榛名は、少し目を見開き、赤く頬を染めて 「それは、俺にとって好都合だよ。」 と言って、 つり目気味の目を細めて笑った。

「え!?どういう意味?」
「察しろよ、ばーか!」

俺ものこと好きだっつってんのと言う言葉は、 朝の空に高く響いて、清らかに溶けた。




青空ロマンスが落っこちた!


「お前、今日いつもよりかわいい気がする。」
「いや、その…ありがと!(がんばってよかった。)」
「いちゃつくんじゃねえよ!」(野球部一同)
「「(!?)」」