水溶性の呪い





※R18の描写があります
自己責任でお読みください





 ドタンバタンとうるさい足音が耳障りだ。少し体を休めようと枕を抱え込んでいたが、近づく音の主に心当たりがあって溜息まじりに体を起こし、ベッドの縁に腰かけた。もうすっかり夜も更けている。こんな時間にこの部屋を訪れるのは怖い夢を見たヨータローか、もしくはヨータローのイトコだという非戦闘員の酔っ払い女のみだ。後者の方が非常に厄介な女で、酒を飲んで酔っ払っては、真夜中に度々やって来る。持ってくるツマミとやらはうまいし、小さなプレーヤーで上映される映画も暇つぶしに丁度いい。
 問題なのはこの女、飲んだ日の記憶がほぼないらしい。酒を飲まないオレには分からない感覚だが、酔うと上機嫌になり「ヒュースくんはかっこいいねえ」「わたしヒュースくんのこと好きだよ」など普段口にしない戯れ言をべらべらと喋りだす。
 女の言葉を信じているわけではない。が、それが本当のことだとして、そんな感情を向けられるのは甚だ面倒なので、真意を確かめ釘を刺したい気持ちもあった。
 いつものように二人で夜を過ごした次の日、女に聞いたことがある。昨日言ったことを覚えているのか、と。女の答えは「わたし何か言ったっけ」というものだった。その答えに僅かながら安堵した。玄界の女のことなどどうでもいいが、それでも世話になった女の涙を見ることになれば少なからずとも動揺する性質だという自覚がある。酔った女の記憶が曖昧であることは厄介だとは思うが、それは俺にとって都合がよかった。だから結局女の戯れ言には直接触れていない。
 聞こえてくる鼻歌が、足音の主がヨータローではなく女のものであることを伝えている。その音が扉の前でぴたりと止むと、バーンと大きな音を立てて勢いよく扉が開いた。

「たのもー!」
「……ノックくらいしろ」
「いやぁごめんごめん。両手が塞がっててさ」

 確かに女は梅酒と書かれたアルミ缶と何やら上質な模様の入ったゴールドの箱を抱えている。ならばどうやって扉を開けたのか、と言ってやりたいところだが、女の言った「たのもう」の意味が気になって仕方がない。たのもうとはなんだ、と聞けば、うんしょうんしょと体全体を使って扉を閉めた女は「わかんない」と隙だらけの顔でへらへら笑った。分からないなら口にするな。玄界の女はまったくもって理解出来ない。

「いいものもらったから一緒に食べよっか」

 女はオレの返事を待たずにおぼつかない足取りでふらふらとこちらへやってきて、無遠慮に隣に腰かけた。思わず眉間にシワが寄る。どうしてこの女はこうも無防備なんだ。
 いいものとやらが入っている箱を開けようとしている女のゆびが、蝶々結びになっている細い紐に引っかかっては宙を切る。「あれぇ?」と間抜けな声を上げる女は、頬を蒸気させ、いつもより酔っているように見えた。

「貸してみろ」
「わぁ! ヒュースくんかっこいい!」

 酔っ払ったときのいつもの口癖に心底呆れ返る。べしべしとオレの腰の辺りを叩く女は、油断と隙で構築されているのではないかと思う程だ。
 手元に薄い影が差して少し顔を上げると、女は包みを開けるオレの手元を覗き込んでいた。早く早くと急かすように顔を近づけて近づけて……ぶつかりそうになったので思わず体を仰け反らせる。

「な、なにを」
「なにをって何よ?」

 キョトンと首をかしげる女は無意識らしい。元いた位置に戻った女はぺちぺちと自分の膝を叩いて「は、や、く! は、や、く!」とへらへらと笑うので苛立ちが募る。
 箱を開けるとまたゴールドの薄い紙で包まれた何かが現れた。少し甘い香りが鼻腔をくすぐり、認めたくないが胸が踊る。

「チョコレート……」
「そう!」

 人差し指を立て、何故か偉そうにふんぞり返った女は箱からひと包みひょいと持ち上げ、包み紙を取ろうとゆびさきで引っかいた。「あれっ? あれっ?」と苦戦する女を知らん振りして一足先に包みを開ける。ヨータローと食べるチョコレートと何が違うのだろう、と親指と人差し指でつまんで眺めていると「ヒュースくぅん……」と泣きそうな顔でこちらを見つめる女がいた。

「知らん」
「むっ?」

 オレの言葉に苛ついたらしい女は上品に包まれていたチョコレートを力まかせにビリビリと破き始めた。情緒もへったくれもない。

「いいもんいいもん! 自分で出来るんだから」
「ふん」

 無残にも破かれた包み紙からやっとのことで取り出したチョコレートを女は口の中に放り投げて「おいしいー!」と手のひらで両頬を包み込んだ。自分も倣って口に放り込む。舌先で溶けるチョコレートの甘さに、玄界の食文化も侮れないなと感心しようとした瞬間。喉が熱くなるような刺激と苦味に口内が襲われた。眉をしかめ、女の腕を引く。「んー?」とさも余裕そうに目を細める女を睨みつけると、女は首を傾げて「どうしたの」とオレの眉間のシワを軽くゆびで伸ばした。

「なにを入れた?」
「なにをって……」

 オレに触れていた女の腕を振り払い睨み続けていたが、女は意に介さずにこにこ笑いながらチョコレートの入っていた箱を持ち上げてオレに指し示した。

「ここに書いてあるよ。日本酒だって」
「日本酒……」
「言うの忘れてた。これ、日本酒ボンボンだよ」
「……」

 日本酒ボンボン……が何なのかいまいち分からないが、要はチョコレートの中に酒が入っているらしい。チョコレートのままでいいものの、どうして中にわざわざ苦い酒を入れるのか理解しがたい。しかめっ面のままで何とかごくりと飲み込むと、その様子を見た女は腹を抱えてけらけらと笑いだした。

「やだぁ。ヒュースくん、大人っぽいけどまだまだ子どもだね」
「子ども扱いするな!」

 苛立ちを隠し切れず持っていたチョコレートの箱をベッドに叩きつけると、びくりと体を震わせた女が腕に絡みついてきてぎょっとする。

「ヒュースくん、怒らないで」

 さっきまで上機嫌だったというのに、その目蓋の縁にはたっぷりと涙が溜まっている。
 日中のアルコールを飲んでいない女の姿からは想像できない姿に心がざわざわと落ち着かなくなる。この女、酒を飲んでいないときはこんな風に甘えた声を出さないし、こんな風にはしたなく腕に胸を押し当てたりしない。潤んだ目で見つめられることもなければ、ゆびさきで腕の筋をなぞられることもない。
 今、腕を振り払おうものならその瞳からは確実に大粒の涙が溢れるだろう。振り払えるものなら振り払いたいがそれも出来ず「怒ってなどいない」と答えると、女は「よかったぁ」とへらりと笑った。目蓋の縁に溜まっていた涙は一瞬のうちに引っ込んでしまった。
 腕に絡みついていた女は呆気なく離れ、ふんふんと鼻歌を歌いながら梅酒缶のプルタブにゆびを引っかけた。感情の起伏についてゆけず、うんざりする。酔っている女は面倒くさいが、いつもの女はここまでではない。オレに触れたのは今日が初めてのことだった。

「だめだ」

 立ち上がって女の手から梅酒缶を取り上げる。すでに飛んでしまっている理性をこれ以上手放す必要はない。プルタブはほんの少しだけ持ち上がっていて、酔った女の力ではこれ以上持ち上げることが出来なかったことを示している。
 女は目を丸くしたのち頬を膨らませ、踵をめいいっぱいあげた。

「返して!」
「だめだ。今日はこれ以上飲むな」

 ぐっと腕を伸ばす女から逃れるように梅酒缶を持つ手を上げる。ぴょんぴょんと跳ねだした女は蛙みたいでみっともない。

「聞き分けが出来ないなんて、の方が子どもじゃないのか」
「子どもじゃないもん!」

 跳ねるのをやめて膨れっ面でオレを見上げる女は、お菓子を買ってもらえなかったヨータローが拗ねているときの顔とそっくりだった。だが、その口元がみるみるうちに弧を描く。嫌な予感がして身を引くが、それがいけなかった。

「えい!」

 女が非戦闘員だということで油断していた。女の体がオレの胸にぶつかって、尻がマットレスに沈み込む。ぎしりとスプリングが軋む音が鼓膜を揺らしたのと女がオレの膝に跨ったのを理解したのはほぼ同時だった。

「おい、早くそこを……」

 退けという言葉を続けることは出来なかった。ぺろりと赤い舌を覗かせた女が近づいて、あっという間にオレの唇に唇を重ねた。続きを言うために中途半端に開かれた唇が女の小さな舌の侵入を簡単に許してしまう。
 オレの口内に残ったチョコレートを舐め取るように女の舌がねっとりと絡みつく。口内に広がるチョコレートの甘さとアルコールの苦味で舌先が痺れる。焼けつくような熱さに思考が奪われそうになる。

「ん……」

  さっさと離して欲しくて乱暴に掻き回してみれば、女は鼻にかかった悩ましい息を漏らした。聞いたことのない声に下半身に熱がたまるのを感じる。合わさった粘膜の熱さにくらくらする。オレの頬を固定する華奢な手を掴んでみても腰を寄せられ、時折熱の出どころを刺激するように擦りつけてくるから尚更。
 この女は一体どんな飲み方をしたんだ。
 苛立ちに任せてぐいっと肩を押せば、女はぷはぁっと唇を離した。つぅっと引いた銀色の糸を、女の赤い舌がぷつりと切る。どちらの唾液で濡れたのか分からない唇が夜の地下室を妖しく照らしている。

「ほらぁ。子どもじゃないでしょ」

 そんなの分かりきっている。濡れた唇の端をそんなにいやらしく拭う子どもがいてたまるか。
 ぎろりと睨みつけても効果はない。目を細めてにんまりと笑う女はオレの上から退こうとはせず、あろうことか大腿をなぞって優しくそこに触れた。

「ねえ、勃ってるよ」

 言い当てられて全身の血が沸騰する。上下に動く女の手の動きに気を取られ反応が遅れてしまった。一瞬の隙をついて女は人差し指でその輪郭をなぞりあげた。情けなく腰がぴくりと動く。

「どけ」
「やだぴょん」

 ふざけるな。抵抗しようと手を伸ばしたが、その細い腕のどこにそんな力があるのかと思うくらいびくともしない。

「あ、またおっきくなったね」

  女は久々に会った親戚の子どもに声をかけるような口ぶりでオレの下半身を十本のゆび、そのすべてを使ってゆっくりと擦った。
  ……女の力が強い? 違う。オレが本気で抵抗していないだけだ。
  それを自覚したとき、ジーっとファスナーを下ろす音が生々しく室内に響いた。窮屈だったそこに少しばかり解放感が与えられる。が、先ほどよりもはっきりとした刺激に肩が震える。

「や、めろ」
「どうして? こんなに苦しそうなのに」

 女のゆびが先端に触れて、にちにちと音を立てた。愛おしそうに根元からなで上げられて抵抗出来る男がいるのだろうか。別に、して欲しいわけでもないのにこうも反応してしまう男の体が厭わしくて仕方ない。

「楽にしてあげるね」

 そう言った女は垂れた髪を耳にかけ、そうっと唇を開いて赤い舌を覗かせた。
 ちろ、と掬うように舐められて、びりびりと背骨に沿って電流がはしる。伏せられた女のまつ毛がふるりと震えてこちらを見た。一瞬だけ歪んだ顔を見られたに違いない。情けなくなって歯を食いしばり、その視線から逃げるように顔をそらしてしまった。
 それでもその行為がやむことはない。小さな口が開いてぱくりとオレのを咥えこんだ。熱い粘膜の感触に、ふ、と息がこぼれる。ねっとりと吸いつくような快感に腰が疼いて、裏側に舌が這うとぐんと体積が増す。
 それを分かってなのか、女は潤んだ瞳でオレを見上げた。気持ちいいでしょ、とでも言いたげな顔で。おまえの方こそ蕩けた顔しているくせに。
 視覚効果がとんでもないうえに、根元を扱かれじゅぶじゅぶと音を立てて吸われると、どうしようもなくなって女の喉の奥に押し当てた。その苦しさからだろう、奥がきゅうと締まって吐精感がせり上がる。

「……っ、」

 もう少しだ。もう少し……そのすんでのところで見計らったかのように女は舌の動きをゆっくりしたものに変え、先走りをぺろりと舐めてオレのものから口を離した。弄ぶように焦らすようにゆっくりと扱く女は、挑戦的に赤い唇を歪ませている。

「ヒュースくん、とってもかわいいね」

 その言葉にかっとなって、一瞬だけ自分を見失ってしまった。女の腕を掴んでベッドに放り投げる。きゃっ、と短い悲鳴をあげた女は、先ほどの余裕そうな顔とは打って変わって、涙目で不安げにオレを見上げている。

「もう一度言ってみろ」
「あっ……」

 女の膝を割って馬乗りになり、隠れてしまった耳たぶを暴くように女の髪をかきあげ唇を寄せると、女の体がぶるりと震えた。耳たぶを食んでそのまま首すじに舌を這わせば、先ほどの口づけのときよりも甘ったるい声が女の口から漏れ出して思わずほくそ笑む。

「オレがなんだって?」
「……や、やだ…っ」

 ここまでオレを弄んでおいて今さらやだはないだろう。
 力の抜けた無防備な体のラインを確かめるように手のひらでまさぐって、服の上から膨らみに触れると女はいっそう悩ましげに眉根を寄せた。

「ん、あっ、……ヒュースく、」

 切なそうに腰を捻って足を擦り合わせようとする女の動きを膝で邪魔しながらカットソーの下に手を滑らせる。酒のせいで赤く染まった肌は、しっとりと手のひらに吸いついて、オレの欲を増長させた。
 もっと触りたくなってカットソーを捲し上げると構造のよく分からない下着が出てきてほんの一瞬、動きが止まる。それに目敏く気づいた女は、少しだけ体を起こして年上ぶった笑みを携えてこう言った。

「お姉さんが教えてあげるね」

 腹が立つ。何がお姉さんだ。さっきまで蕩けた物欲しそうな顔をしていたくせに。だが、そちらがそのつもりならこちらにも考えがある。
 言われるがままに背中のホックを外して柔らかなふくらみに直に触れると、女は肌を粟立たせ、オレの首に手を回した。柔らかさを堪能するように揉みしだいて、時折ぷくりと主張する先端をゆびさきで弾く。女の体が面白いように跳ねて、そこが気持ちいいのだと簡単に見て取れた。

「……あっ! そこ、っ…きもちいい、」

 わざとらしくとぼけた振りをして敏感な部分を避けて触れる。女は非難めいた目でオレを見た。それでも女の望みは叶えてやらない。

「そこって? 教えてくれるんじゃなかったのか」

 焦らすように中心を避けてきわどいところをなぞると、唇を噛み締めた女がオレの手のひらに胸を押しつけるように背中を仰け反らせた。

「ち、…ちく、び……さわ…て、」

 女の頬に赤みが差して、涙がたまる。羞恥だろうか。でもこうなることは覚悟の上だろう? 散々人で遊んでおいて、自分だけすんなり与えられると思ったら大間違いだ。
  望みどおり先端をつまみあげると、焦らした分だけ女はよがった。揺れる腰を押さえつけるように、膝で足の付け根を刺激すると、また、いい声で啼く。

「で、この後はどうするんだ」
「ぅ、んっ……舐め、て…ほし……」

 意地の悪い顔をしているだろうという自覚はある。
 恥ずかしさで顔を覆う女の手を縫いつけて、言い終わる前に先端を舌で転がす。大袈裟に跳ねる身体を見ていると、もっと反応が見てみたくなった。
 邪魔なボトムスをずり下げて、割れ目を避けるようにゆびを這わせる。期待と切なさの混じった吐息が漏れて、それを塞ぐように今度はこちらから口づけた。

「ふ、…ぅ、…」

 だらしなく開いた女の口の端からどちらのものか分からない唾液が垂れたことに興奮して、この行為に溺れそうになる。
 チョコレートの味はもう残っていない。が、あれだけ不味いと思ったアルコールの苦味が何故か女の舌の上では甘さを増した。二人の輪郭が曖昧になってゆくのが気持ちいい。息つぎの際のわずかな距離でさえもどかしくなって、より一層深く口内を荒らした。
 さらなる刺激を求めて浮く女の腰の動きに合わせてイイところを下着の上から押さえつけると、びくんと大きく体が跳ねた。

「どうしてほしい?」

  切羽詰まった涙目の女を見下ろす。それに気分がよくなることを初めて知る。

「した、……した、さわってぇ、」

 舌足らずな声での懇願に、自分自身をおさめたくてたまらなくなる。だが、もっと焦らしてやらないと気が済まない。
 すっかりぐしょぐしょになった下着をずり落として、濡れそぼったそこを中指でなぞる。わざと音を立てるようにぺちゃぺちゃと。
 さみしそうに女の入り口がひくついて、とぷりと水気を増す。唇を噛み締め物欲しそうに瞳を揺らす女に嗜虐心を煽られてぞくぞくした。
 揺れる女の腰が魅惑的でますます下半身に熱が溜まる。

「お、ねがい…っ、…中に、いれて」

 一粒の涙が流れていったのと往復させていた指を差し込んだのはほぼ同時だった。待ってましたとばかりに絡みつくそこはあけすけな水音を響かせながらオレの指を咥えこんだ。ぐちゃぐちゃと掻き回せばきゅうきゅうと締めつけ、女の声がひときわ高くなる。
 つま先がきゅっと丸まって、シーツを持つ手に力が入る。そろそろ達するだろうというその瞬間、ずるりと指を引き抜いた。

「な、……っん…でぇ……」
「おまえと同じことをしたまでだ」

 女の顔に余裕はない。年上らしさのかけらもない。だが、オレも一刻も早く自分自身をおさめたい。思った以上に余裕などなかった。ぬかるんだ女の性器をオレの性器でなぞる。ぐずぐずな女は腕を伸ばして根元に手を添えた。
 こんなにいやらしい姿を明日になったら忘れてるなんて世話がないな。なのに。覚えていない女に、わざわざ、今日のことを一つも取りこぼすことなく耳に吹き込みたくなるなんて。
 なんの混じりけもない無色透明の液体に赤いインクがぽたりと落とされるような感覚。儚く、美しく、知らぬうちに澱みができる。それは、まるで、この女のことを。
 柔らかな肉を分け入って、深く深く腰を沈める。潜った先にその答えがあることを心の底で願っていた。





『nighty-night』様へ提出