こんなうつくしい不自由
偉大なる双子の幼馴染たちの言葉は、時を経るにつれてわたしという人間を構築し、輪郭をふちどり始めた。そうして、半紙に墨汁がぽたりぽたりと落ちて染みをつくるように、じわりじわりと胸の底を浸食してゆく。
「見た目だけで寄ってくる男にロクな奴おらんで」
わたしは、うんうんと頷きながらその言葉を素直に聞いて、「告られたら絶対に見た目以外に好きなとこ聞きや」と続けた侑を見つめた。つい先日、初めて誰か知らない男の子から告白された。突然のことでわたしはどう言えばいいか分からなかった。断りはしたものの詳細についてはあまり記憶がない。
侑が言うことは間違いないと思う。話したこともない女の子からしょっちゅう呼び出されて告白され、手ひどく振っているのを知っていたから。告白された日は不機嫌そうに目を細め、ポケットに両手を突っ込み、悪態をつきながら石ころを蹴飛ばした。「俺のことなーんも知らんくせに好きとか意味分からんわ」なんて、ごもっともな意見だ。
「謙虚さは忘れたらあかんで。じゃないと、こいつみたいになる」
親指で侑を指し示した治は「女の嫉妬はこわいからな」と続けながら、ド突きにきた侑を難なくかわした。「避けるなや」と騒ぐ侑を尻目にわたしはぼうっと治を見つめた。つい先日、治に連絡先を聞いた女の子がハブられ始めた。出る杭は打たれるってやつだ。足並み揃えてよーいドンしないと、この狭い学校という名の箱庭ではやっていけない。とても息苦しい世界だと思った。
親が顔のパーツをバランス良く配列してくれたおかげで、わたしは小さいころから人目を引いたらしい。それに加えて、あの宮兄弟と常に行動を共にしていることからわたし達3人は嫌でも注目されていた。時として眩しい光は濃い影をつくるものだということを知らなかった14歳のわたしは笑えるほどにまっさらで純心だった。だから侑と治は14歳になったお祝いだと言わんばかりに世間を知れとその言葉をわたしにくれた。
あの2人にとってみれば大して意味のない言葉なのかもしれないけれど、溺れそうだった心がすくい取られるような心地がした。
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高校に入学する頃にはすっかりうまく立ち回れるようになった。むやみやたらに本音を明かしてはいけないこと。校則を破って派手な出で立ちはしないこと。学業はおろそかにしないこと。
誰からも文句を言われないように適度に猫をかぶったわたしは、案の定有名な双子と同じくらいモテた。男の子からも女の子からも先生からも。ちやほやされて気分が乗っても謙虚さは忘れない。
だけど、それはとても疲れるふるまいだった。わたしの本当の内面に目を向ける人なんて侑と治しかいない。当然のことだ。わたしは2人以外に本音を零さない。学校ではみんなの理想であり続けたのだから。
「また告られた」
テスト週間に入って部活が休みになった治と靴箱で出会って一緒に帰路についた。鬱屈した気持ちを逃すように深いため息を吐いたわたしを、治はちらりと一瞥しておんなじように息を吐いた。
「なんて返事したん?」
「それ聞くん?」
わざとらしく聞いてくる治を肘で小突いて睨みあげると、眠そうな目をしぱしぱとまたたかせ「振ったんなら振ったってはっきり言えや」と面倒臭そうに唇を尖らせた。
いつものことだ。わたしの上っ面しか見てない男の子たちは、どこが好きなのかと聞けば十中八九かわいいところと答える。話したこともない、ましてやどこの誰かさえも知らない男の子が、わたしのことをどれくらい分かっているというのだろう。学校でのつくられたわたしを好きだと言われると、自分の演技を誇りに思う反面とても虚しい気持ちになった。
「なんか告られるんもしんどいわ」
「まあ分からんでもない」
侑に勝るとも劣らないくらい呼び出されて告白される治も、心底うんざりした顔で首をパキリと鳴らした。わたしと治は同類だと思う。振る相手にも、「嫌われたくない、傷つけたくない」という深層心理が働いて告白される度に言葉を選ぶことがとても苦痛だった。侑みたいに何も恐れることなく自信たっぷりに言うことが出来たならどんなに楽だろう。そりゃあ侑にだって悩みもあるんだろうけど、それを表に出さない姿はわたしには眩しく見えてしまう。
「なあ、ええ案があるんやけど」
「なに?」
「俺ら、つきあわへん?」
治は隣を歩きながら腰をかがめて、内緒話をするようにわたしの耳に口を寄せた。垂れ下がる髪をすくい、耳にかけられ、治の吐息が直接わたしの耳にかかるとくすぐったくて思わず肘鉄砲を治のみぞおちにくらわせてしまった。治は少しむせながら「おまえ手加減せえよ」と猫背気味の背中をさらに丸めた。
「どういう意味?」
「俺らがつきあったら告白される頻度も多少減るやろ」
たしかにそうかもしれない。お互い告白されて体力を削がれるよりも、嘘でも彼氏彼女のふりしていた方が精神衛生上はるかに健康でいられそうだ。
「ええよ。じゃあつきあおう」
治は、わたしの肘がはいってしまった胸元を撫でながらほんの少しだけ口角を上げ、目を細めた。好戦的にも見えるその表情はやっぱり侑と血の分け合った兄弟なのだと思ってしまう。何かがぴりりと背骨を駆け上がるような衝撃を感じて姿勢を正すと、わたしの目の前に治の手が伸びてきた。
「ほな、手つないで帰ろか」
「……そんな必要ある?」
「誰が見てるか分からんやん」
さすがに幼馴染ともいえど、何年も手を繋いでいないので羞恥心が湧く。でも治の言ってることも分かる。わたしたちふたりのことが噂になって出回ってくれれば色々手っ取り早くて済む。うまいこと治に言いくるめられた感は拭えないけれど、治の手のひらに自分のを重ねれば懐かしい感触が全身を駆け巡る。
でも体温はおんなじなのに大きさが全然違う。豆だらけになった指も小さい頃の柔らかさはない。わたしの手を包み込みような優しいちから加減で握りしめられると、男の人になってしまったのだと胸の奥がざわめいた。
彼氏彼女になってしまった事実を飲み込むようにお互いゆっくりを歩いていると「おまえらー!」という怒声が背中から覆いかぶさるように投げかけられ、ふたりで振り向けば猛ダッシュでこちらに迫る侑の姿があった。
「なんで置いて帰るん?勉強教えてくれる言うたやろ」
「帰る家一緒なんやから別にええやん」
「待っててくれてもええやろ。ひとりで帰るん寂しいやんか」
「小学生か」
侑へのツッコミはいつも治に先を越されてしまう。息の合った小気味良いやり取りに口を挟めずにいると、侑がわたしたちの手元に視線を落とし、お化けでも見たような表情でぎょっと目を見開いた。
「おまえら何で手つないでるん?」
「俺らつきあうことになってん」
治は見せびらかすように結ばれた手のひらを掲げると、侑は神妙な面持ちでわたしと視線を合わせた。侑のこの表情は滅多に見ない。バレーをしている最中に見たことはあっても、普段の生活で見たことがあっただろうか。
「、サムのこと好きやったん?」
記憶を遡っていたところを侑の言葉に遮られる。侑には本当のことを言っても差し支えないだろうと「ふりやで」と答えれば、今度は治と向き合った。なんだか一触即発しそうな雰囲気に息をのんでいると、治が「余計なこと言うな」と侑のすねを軽く蹴った。「痛いわ、あほ」とやり返す侑はもうすでにいつもの顔に戻っていた。たったそれだけのやり取りでお互いの全てを察した双子たちのあいだにいると、羨ましくもあったし、やっぱりわたしは血の繋がっていない他人なのだと無性にさみしくなった。
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あれからまたたく間に治とつきあっているということが学校中に知れ渡った。わたしも治も告白される頻度は減り、代わりに羨望の目を向けられることが多くなったけれど、誰からも嫌がらせなど受けることなく高校二年生になった。わたしの努力の賜物だ。
だけど何もかもいい具合にこなすわたしとクラスメイトの女の子たちは、一見仲が良さそうに見えても距離があった。でもそれはわたしが望んで決めたこと。わたしは「わたし」を守るためにみんなに好かれる「わたし」を演じていた。治と同じクラスになって、彼はふたりっきりになるとわたしの女優っぷりに声を出して笑った。元を辿れば治が「謙虚さを忘れるな」と言ったせいでこうなっているのに呑気なものだ。
ただ、その平和だった日常はたったひとりの男の子によってほろりほろりと崩されてゆく。
「さん、本当に治とつきあってる?」
日誌を書くのに握りしめていたシャーペンが手から滑り落ちて、静寂に包まれている教室にカラカラカラと無機質な音が響き渡る。真っ赤に染まる残照が、一緒に日直をした角名くんをも染め上げていて、とてもきれいだった。だけど瞳の奥はのみこまれそうなくらい深い黒で、思わず怖くなって絡みつく視線を振りほどこうと目をそらした。
「つきあっとるよ。なんでそんなこと聞くん?」
疑われたのは初めてのことだった。それほどまでにわたし達はうまいことやっていた。動揺して手が震えるのを押さえ込むようにして、シャーペンに手を伸ばそうと腰を屈めると、わたしのより幾分か長い腕が伸びてきてそれを拾った。
「なんていうか色気が感じられなくて」
「……角名くん、失礼な人って言われたことない?」
ムッとして拾ってくれたシャーペンをひったくるように奪い返すと、角名くんは頬杖をついてわたしの顔を覗き込むように首を傾けた。口元には何か企んでいるような笑みを携えている。
「なんか勘違いしてるみたいだけど、さんに色気がないわけじゃなくてふたりの空気に色気がないって言いたかったんだけど」
言われてみればそうかもしれない。だってわたし達はつき合っているふりをしているだけだから、唇をあわせたり肌をあわせたり、そんな普通の恋人たちがするような行為はしたことがない。侑を抜きにしてふたりきりで部屋にいてもそんな甘い雰囲気になったことは一度もないのだ。せいぜい帰り道に手のひらどうしを重ねるくらい。
なんて答えようか悩んで口をつぐんだまま日誌の続きを書いてゆく。角名くんの目を見てはだめだ。鋭い瞳はわたしを裸にしてしまう。頭の中でうるさいくらいに警鐘が鳴っている。
頑なに口を開かないわたしを見て角名くんは微かに笑ったような気がした。
「俺、さんのこと気になってるんだ。いつも笑ってるのに楽しそうじゃないからさあ。それに、さっきみたいにムッとした顔もできるんだね。そういう感情を素直に出した方がかわいいと思うけど」
妙に饒舌で、だから陳腐な言葉に聞こえるのに、どうしてかその言葉はわたしの体を貫くように耳に刺さって、文字を綴る手が止まる。なんにもヘマなんてしていないはずなのに、この人はわたしの肌を一枚一枚めくるように裏側を暴いてゆく。
「手、止まってるよ」
わたしの握っているシャーペンの表面を、角名くんはわたしの手に触れることなく人差し指でなぞって文字を誘導する。ふたりで持つシャーペンに熱がこもる。吐く息もなんだか熱っぽいし、まぶたの裏も熱くなる。
下を向いたままだと込み上げてくるものに負けてしまいそうで顔を上げると、角名くんは獲物を捕らえた獣みたいに赤い舌で自身の唇をぺろりと舐めた。
「角名くん、あのね……」
わたしはきっと外の世界へ飛び出したかった。家族同然な双子たちに守られてばかりは嫌だった。家族以外の誰かと秘密を共有したかった。だけど結局双子たちとは家族でもないし、家族以外の他人にさえもなれない。幼馴染ってとても厄介だ。治とつきあい始めたことを侑に報告した日のように、さみしさだけが募ってゆく。だからわたしは外の世界の誰かに「わたし」を見つけてもらいたかった。
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角名くんと日直をしてから、わたしは角名くんとたくさん話をするようになった。とはいえ、部活で忙しい彼とふたりきりになるのも、仮にも治の彼女であるわたしが角名くんとふたりきりになるためにクラスメイトたちの視線をかいくぐるのも、けっして容易なことではなかった。
週に一度か二度、昼休みに誰の目にも触れないようにひっそりとした逢瀬を重ねた。ある日は空き教室で、ある日は非常階段で、場所は決めずに転々と。はじめは10分足らずの「ふたりきり」だったのに、それだけでは満足できなくて段々と長くなっていった。いつも時計の針が止まればいいのに、と願っていた。角名くんといる空間は、学校内で唯一の、自分が自分でいられる場所だった。
だけどその間にも、日常はほろりほろりと崩れてゆく。舌で軽く押すだけでくずれる甘いメレンゲのお菓子みたいに、脆く儚い日常だった。気づくのはいつだって、手の施しようがなくなってからなのに。
「、最近昼休み何しとん?」
体育館の点検で部活のなくなった治と一緒に帰っていたときのことだった。治の質問にみぞおちの辺りがひやりとする。平然を装おうとゆっくりと治を見上げると、いつも眠たげな瞳は冷やかで温度がないように思えた。でもそれは、わたしの心にやましい気持ちが存在しているからというだけであって、治はいつもどおり普段と変わらない表情でわたしを見下ろしていたのかもしれない。
「授業で分からんとこあったから聞きに行ってん」
生まれて初めてこのひとに嘘をついた。治は「ふーん」と言いながらもどこか納得していないような顔をしてわたしを見つめ続けている。心の内を見透かすような治のきれいな瞳に居た堪れなくなったわたしは、ふたりの横を大きなトラックが黒い排気ガスを吐きながら通り過ぎるのをきっかけに「前見んと危ないで」と視線をそらして治の手を引いた。
「おんなじタイミングで角名もおらんねんけど、知っとる?」
「知らんよ、どっかでお昼寝でもしてるんちゃう?」
治の口から出た角名くんの名前に驚いて、あやうく止まってしまいそうになった足を必死に動かす。角名くんとはなんにもない。角名くんとふたりでしていることは、誰に知れたってなんの文句も言われないような健全なことだ。なのに罪悪感を抱いてしまうのは、わたしが胸の底で咲かせている気持ちが治を裏切っているという自覚があるからなのだろうか。じっとりと手のひらに嫌な汗がにじんでしまうのはわたしの意志ではどうしようもない。繋いでいる手によって治に嘘がバレてしまうことを恐れたわたしは、そうして再び嘘を重ねてしまう。
「治、背中にごみついてんで」
手を離して治の広い背中に触れるゆびは微かに震えていた。治は黙ってされるがままだった。わたしのゆびさきが治の制服にしわを作る。ごみなんてない。後ろから治の心臓のあるあたりにそうっと触れる。わたしたちを取り巻く空気は真冬みたいに冷たい。だからなのか、ゆびさきから伝わる治の体温は際立って温かくて、わたしはしきりに頭の中でごめんなさいを唱えた。
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「へぇ。治、そんなこと言ってたんだ」
角名くんとの2回目の日直。わたし達のこと、治にバレてるかもしれないという話を角名くんにすると、彼は動揺なんてまったく見せずにすらすらとなめらかに日誌に文字を綴っていった。その態度に何だか「自分には関係ない」と言われているような気がして、心臓が搔きむしられてるみたいにぎゅっと痛くなる。
この人といると居心地の良さを感じる反面、自分がまだ飼い慣らせていない感情と向き合うことになるからコントロールが追いつかない。舵を失ってしまった感情は睫毛を薄く濡らして、まばたきをするとひと粒の雫となって頬の丸みをすべっていった。角名くんは、その雫が顎からぽたりと落ちる空気の振動を感じとったみたいに絶妙な間の悪さで顔を上げた。
「別に俺らイケナイことなんてしてないじゃん」
「そう……やけど、」
角名くんはふうっと息を吐いてから席を立ち、その光景をぼうっと見ていると薄く笑いながらわたしの隣に腰かけた。
「でもまあ、そろそろ潮時かもね」
彼はそう言いながらわたしとの距離を詰めてきたので、わたしは思わず体を引いた。とん、と背中に窓ガラスが触れて、ぞくりと肌が粟立つ。角名くんは涙の流れた道筋を長いゆびさきでなぞった後、わたしの顎をくいっと上に持ち上げた。
瞳の奥を覗き込むように角名くんの顔が近づいてくる。細められた目に、弧を描いた唇。楽しげな表情には何故か艶っぽさがあって、わたしは誘われるようにその先を期待して目を閉じた。だけど、唇に触れたのは冷たくて硬い無機質なものだった。
「俺、人のもの奪うのも嫌いじゃないけど、治とはいい友達でいたいんだよね。だから、ここから先はきちんと別れてから」
ゆっくりと目を開けると角名くんは手に持ったシャーペンをふにっとわたしの唇に押しつけ、にぃっと挑戦的に笑った。
角名くんはわたしの唇に触れたシャーペンで今から日誌の続きを書くし、授業を受けるし、試験も受ける。そんなことを想像するときゅんとお腹の底のあたりが疼いて、言いようのない切なさが全身を駆けめぐった。角名くんと続きがしたい。治とはしたことがないこと、できないこと、ぜんぶしたい。恥ずかしくって、切なくて。潤んだ瞳でこくりと頷くと角名くんは満足そうに自分の席に戻って、再び日誌に文字を綴った。
『話したいことあるから帰ったら連絡して』
帰ってベッドにダイブするとすぐに治にメッセージを送った。なんてことはない、ただの幼馴染に戻るだけだ。なのに、どうしてこうも緊張するのだろう。スマホを枕元に放り投げて目を閉じると色んな想いが押し寄せて胸が張り裂けそうだった。
夢と現実の狭間でうつらうつらしてると、スマホの振動がシーツを伝わる。メッセージは治からで『そっち行くわ』とだけ返信があった。
制服のままで寝てしまったせいでスカートのプリーツがしわくちゃだ。着替えようと思い、つまさきを床につけると呼び鈴が鳴る。早い。玄関の扉を開けるとジャージ姿の治が立っていて「なんや、おまえしわくちゃのボサボサやん」と、ふ、と笑みを零してわたしの乱れた頭を撫でつけた。とても優しい手つきで無性に泣きたくなる。わたし、そんなふうに触られる資格なんてない。
治は当然のようにわたしの部屋へ向かう。だけど、いつも「腹減った、なんか食わせて」って言うのにそれがなかった。多分きっと、だいぶ前からこうなることを予感していたんだと思う。
「話ってなんなん」
どうやって切り出そうか悩む暇もなく、部屋に入ったとたんに治が口を開いた。わたしを見据える瞳は力強く、かといって萎縮させるような威圧感はなく、どちらかといえば真摯にわたしと向き合おうとしている目だった。治らしいと思った。本当はわたしに何を言われるか分かっているのに、逃げるなんて言葉、この人の辞書にはない。
「治、わたし達、別れよ」
治は表情の読めない顔でこちらをじっと見ている。正直、こんなに張りつめた空気になるなんて思わなかった。始まりが始まりだったし、別れのときも「はい、そうですか」で簡単に終わるものだと思っていた。だけど、わたしの中でひとつの可能性が芽生えていた。治につきあおうと言われたときの、背中を駆け上った何か。それが、今、わたしの目の前に現れようとしている。
「角名のこと、好きになったやろ?」
「そ……んな、こと」
「嘘つくなや。俺はずっとのこと見てきたから分かるんやで」
冷静だった治の目が熱っぽいものに変わって、抑揚のなかった言葉の端が荒くなる。ああ、やってしまった。もう、きっと、今までどおりには戻れない。ほろりほろりと甘くほどけるように尊い日常は形をなくして、わたしの手の内からこぼれてゆく。
治はわたしの手首を引いた。痛い、と抗議の声をあげてもお構いなし。さっきまで寝転んでいたわたしのベッドに押し倒されると、シーツと制服が擦れる音と治がベッドに乗り上げる音だけが、乾いた室内に響き渡る。
「やっと自分のもんにしたのに手放すわけないやん」
血が滲みそうなくらいに唇を噛み締める治がなんだか泣きそうに見えて、わたしは彼の首に両腕をまわして肩口に顔をうずめ、彼の代わりに涙を零した。じわりじわりと治のTシャツに広がる染みは、わたしの胸の底に広がる双子の言葉とおんなじだ。
「治、ごめんな」
つきあい始めた報告を侑にしたときの双子たちの態度、今、初めてその意味を知った。これはわたしの落ち度、なんにも気づくことができなかったまっさらで真っ白だった自分への罰なのだ。