「ねー!鍋パしよーよ!」

部活を終え着替え始めていたメンバーの動きが一瞬とまった。 確かに最近朝晩めっきり冷え込むようになって、鍋をつつきながらほっこりしたい気持ちも分かる。 だが、なんの脈絡もなくこの発言をするのが実にこの人らしい。

「んー、まあ、そうだな。」
「寒くなってきたしな。」
「じゃあいつにする?」

動きをとめて天童を見ていた3年生たちもなかなか乗り気である。 しかし、川西と白布は無表情でこの場をどう乗り切るか考えていた。

「なーに、自分たちは関係ないみたいな顔してるの、キミたちもだよ!」

腕を掴まれ着替えていた手を止められたので、顔を見るとまるでドシャットを決めたときのような 顔をしていた。そうだよな。間違っていた。この人から逃れられるはずがなかったのだ。

「買い出しは俺と太一で行くから。」
「え?」

何で俺が、と口から出そうになったが相手は一応先輩である。既の所で押しとどめるが、 恐らく顔には出ている。言い出しっぺの天童は分かるが、 普通はじゃんけんで決めるのではないだろうかと川西は思う。

「かわいい子に会えるよ~ん。」

しかし、この一言で事態は一変する。先輩たちが次々と立候補しだしたのだ。

「え?じゃあ俺が行くし!」
「何で川西なんだよ!」

そう言われれば興味が湧くのが健全な男子高校生であろう。喜んで引き受けるに決まっている。

「あ、俺行きますんで、先輩たちは来なくて大丈夫です。」


…………


「あれ?スーパー行くんじゃないんすか?」
「ん~?今日はこっち。」

スーパーを曲がる角を通り過ぎて商店街の方に向かう天童を怪訝に思い声をかけたが、 すたすたと歩いていくので付いていく他なかった。2人で商店街を歩くのはかなり目立つようで、 道行く年配の方に次々と声をかけられる。

「あら~高校生?大きいわね~。」
「ドモドモ!」

それに軽く答えつつしばらく歩くと「青果店」 と書かれた店に到着した。今どき八百屋で買い物とか珍しいなと思いながら店を見ると、 そこには似つかわしくない眩しい笑顔の可愛らしいひとがせっせと働いていた。

ちゃん、来たよ~!鍋パの材料ちょーだい。」
「あ、天童くん!」
「えっ!?」

知り合いなのか?驚いて2人を交互に見てると、 それに気づいたちゃんと呼ばれた人物が口を開いた。

「あっ!わたしたち、同じクラスで。わたし週末限定で家の手伝いしてるの。」
「そうなんですか。」
ちゃん、まけといてね。」

「できそうならー!」と言いながら野菜を袋につめていくその姿を見る。 なんだ、彼女だと言われた日には天と地がひっくり返るところだった。

「ね?かわいいデショ?」
「はあ、まあ。」

普通にかわいい。ぼーっと眺めていると袋詰めは終わったようで、 野菜を詰めた袋を持ってこちらへやって来る。

「はい、これ。天童くんの分と川西くんの分!」
「えっ?」

自分は名乗っただろうか。川西は驚いて目を見張り の方を見れば、どうやら伝わったようで、 少し慌てながらしどろもどろ答える。

「ずっと見てたから。あっ、バレーの試合を。だから、名前は知ってました。」
「そうですか。」

びっくりする。そんなこと言われたから一瞬告白かと思ってしまった。 それが彼女との出会いだった。

よっぽど楽しかったのか天童は次の週にも「今週は塩鍋ね~」と言いながら川西におつかいを頼んだ。 今回は1人で行ってこいとのことだったが、1人で荷物持ちできるのか心配でその旨を伝えたのに 「まあ大丈夫なんじゃない?」と軽く流された。いやいやいや、 男が集まったらどんだけ食うと思ってんだ、この人は。 そしてまた青果店に行くと、 「あ、川西くん!」と笑って見上げてくる。自然と上目づかいになるので、 さらに可愛く見えて心臓がどきりと音を立てた。は そんな川西を知ってか知らずか、がさごそと野菜を袋に詰めていく。

「白菜はね、ツヤと張りがあって重いものがおいしいんだよ。」

そう説明してくれる姿は楽しそうだった。が 色々野菜のことについて話しているうちに袋詰めは終わったようだ。

「今日の分はこれなんだけど……ちょっと多いからわたしも一緒に持っていくね!」
「えっ!」
「おかーさーん!ちょっとお野菜届けてくるー!」

大丈夫だと言おうとしたのに、の声にかき消される。 行こっか、と言いながらが 引っ張って来たのは野菜を乗せるカゴのついた自転車だった。 ああ、なんかこれ見たことある。天童が大丈夫って言ってたのはこのことだったのかと納得した。 野菜を乗せて「いざ、出発!」とが自転車を押そうとするのを 慌てて引き留める。

「俺が押しますから。」

半ば自転車を奪うようにそう言えば、は所在なさげに 放り出された腕を服の裾に持っていき、ぎゅっと握って俯いてしまった。 耳が少し赤いのは気のせいだろうか。少し期待をしてしまう自分のこの気持ちが何なのか よく分かっていたが、何だかむずがゆくて知らないふりをした。
取り留めもない会話をしながら一緒に寮に戻り、そしては 自転車にまたがってまた店に帰っていく。天童が飽きずに毎週毎週鍋パを開催するので、 それは何回か続いた。しかし、川西は嫌ではなかった。むしろと 帰る穏やかな時間がとても心地よくて、店に戻るを 見送ることが寂しく思うようになってしまった。 でも、さすがに毎週自分の時間を割かせてしまって悪いなとも思う。

「あの、毎週すみません。」
「いいの、わたしも好きでしてるし。」
「早く天童さんが飽きればいいんですけど。」
「でも、わたしこうやって川西くんと歩くの好きだよ?」
「えっ?」

それはどういう意味だろうか。考えているとは続ける。

「それに、鍋パを天童くんに提案したのもわたしだし、川西くんを連れてきてって言ったのもわたし!」

そう言っていたずらっ子のように笑う彼女の笑顔はとても眩しい。眩しくてくらくらする。

きっと一目惚れだった。だってそんなところにこんな可愛らしいひとがいるなんて思わないだろ、普通。おいしい野菜の見分け方知ってる高校生とかいるんだろうか。なんかいい奥さんになりそうだなぁとか思っていたら、いつの間にか好きになっていた。それが、まさか手のひらで転がされていただなんて思いもしない。そこまで言われたら想いを伝えないと男が廃る。言おう、ここで、今すぐに!とびきりの笑顔を期待して。

「俺、さんのことが好きです。つきあってください。」




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