スカートの裾は恋のかたち
わたしのクラスには居眠り常習犯がいる。委員会を決めているHRの最中に大きな体を丸めている前の席の男の子、今はこうやって堂々と寝ているけど授業中はとても器用に寝ているのか先生に注意されたことがなかった。わたしが当てられて前で問題を解いたあと、席に戻る途中でちらりと彼を見ると頬杖をついて教科書を見ているフリをしながら寝ているのを見たことがある。でもたまに、寝ているときによくある体がビクってなるやつで派手に筆箱を落としたりするので、その度に周りもビクッと驚いてしまうことがあった。かく言うわたしもその一人である。いつビクッとなるんだろうと心構えているうちに段々かわいく思えてきて、休み時間も寝続けている寝顔を見ると、大きな体をしているのに猫みたいだなと思ってふわふわした髪の毛を撫で回したくなってしまう。
「川西くん、川西くん。委員会決まったよ。」
彼が寝ているうちにすべての委員会が決まったので、後ろからツンツンと突いて起こしてあげると眠そうな顔をしながら「え、嘘!?」と慌てたあと分かりやすく落胆した。
「マジで?俺が風紀委員?」
「でも風紀委員って生徒指導の先生の横に立って名簿にチェックするだけだよ。」
「でもそれって朝だろ?俺、朝練あるんだよなー。」
そんな会話をしていると担任の先生が川西くんを軽く小突きながら「お前が寝ているのが悪い。」ともっともなことを言って「部活よりも委員会優先な。」と付け加えたので、川西くんは長い長い溜息をついた。
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風紀委員の生徒以外は服装チェックの日程は教えてもらうことはない。いわゆる抜き打ちチェックである。校門の前に、生徒指導の先生と風紀委員が立っていたら生徒たちは急いで服装を整え始める。男の子たちは緩めていたネクタイをきっちりと締めシャツの裾をズボンにいれ、女の子たちはブラウスのボタンを上までとめて短くしていたスカートを下ろし始める。今日はどうやら服装チェックの日だったようで校門まわりが慌ただしい。わたしもスカートを少し下ろして校門に近づくと川西くんが気怠そうに立っていた。
「川西くん、おはよ。」
「…ああ、、おはよ。」
川西くんはあくびを噛み締めながら、わたしを上から下まで眺めて親指を立てた。
「はい、オッケー。」
その行動と発された言葉からもっと笑顔なのかと思いきや表情はあまり変わることなく気怠いままで、言ってることと顔が合ってなくて思わず笑ってしまった。
「てか、川西くんは別に私たちの服装はチェックしなくても先生の言うとおりに名簿に書き込んでいくだけでいいんだよね?」
「んー……でも女子の服は見たいと思うのが男だろ?」
「えー?」
「俺はスカートは短い方が好きなのに、ここに立っているとただ足が隠されていくのを見ることしかできず己の無力さを感じる。」
「やだー。」
そんなことを表情を変えずに真面目に喋るので笑いはとまらない。川西くんっておもしろい。でも他の女の子も見てると思うと心臓がきゅうっとなる。わたしだけ見てほしいだなんて、これはきっと嫉妬なんだ。
「また教室でね。」
「おー。」
そう言って校門を離れて振り返ると彼は生徒指導の先生に背中を叩かれていた。そりゃ先生の前であんなこと言ってたら仕方ないと思う。ちょっぴりお馬鹿さんなところもかわいい。でも、ざまーみろ。
服装チェックが終わると結局みんな教室で元どおりの服装に戻すので、意味あるのかななんて思いながらわたしもスカートを少し短くする。朝のSHRが始まる前に教室に入ってきた川西くんはスカートの丈を元に戻したわたしを見て少しだけ眉根を寄せた。
「、朝よりスカート短くない?」
「元に戻しちゃった。てか見ないでよ。」
短くしてもそんなにまじまじと見られると恥じらってしまうのが女の子というもので、スカートの裾を押さえながら川西くんを見上げる。
「うん、いい、恥じらってる姿さいこー。」
え?褒められたの?多分ものすごく間抜けな顔をしていたのだろう。川西くんの顔は笑いを堪えているような、でも気怠い表情を変えないように頑張っているような珍しい顔をしていた。
「でも元に戻してね。」
ぬっと出てきた長い腕がわたしの腰に触れたかと思うと折り曲げられて短くされたスカートがすとんと長くなった。
「え!?え!?」
自分のウエストにまだ川西くんが触れていて、かぁっと顔に熱が集まる。
「、やわらかー。」
「やっ、やめてよっ!」
川西くんの腕を振り払って自分の席に着くと意地悪い笑顔を見せながら彼も席に着いた。なに?あの顔。初めて見た。やわらかいだなんて、失礼な!でもあの顔が頭から離れなくてどきどきする。前を向くと自然に彼が目に入るのでその日はまともに前が見れず大変だった。
次の日もその次の日も川西くんはわたしのスカートの丈をチェックする。「、スカート短い。」と言いながら近づいてくるので、以前の出来事で学んだわたしは彼の手が届く範囲には入らないよう距離をとる。じゃないと心臓がもたない。しかし、一緒に日直することになっている日だけは避けられなかった。
放課後、席が前後のために川西くんは体だけ後ろに向けて椅子の背もたれに腕を組んで置いた状態で、わたしが日誌を書いているのを眺めていた。手元をじーっと見られるのも恥ずかしいもので、意識すると思い通りに手が動かない。
「あ、間違えてる。」
「ご、ごめん。」
川西くんがそんなに見るからだよ。消しゴムを取ろうとしてもうまく掴めずにころころと彼の足元に転がってしまった。よりにもよってそんなところに。
「緊張してる?」
「そ、んな、ことない。」
「ふーん。」
川西くんは大きな体を折り曲げて消しゴムを拾ってわたしの机の上におくと、今度はわたしの机の上に腕をおいてさらに顔を近づけてくる。やめてやめて。
わたしのシャーペンのはしる音しか聞こえないのが気まずくなって必死に話題を探す。あ、話題あるじゃないか。こんなに緊張する原因になったやつが。
「ねえ、なんでスカート短いって言うの?短い方が好きって言ってなかった?」
「え?だって好きな子の足、他の男に見られたくないだろ?」
「好きな?ん?」
え、何か急にさらりと重要なことを言われた気がする。日誌を書くのをやめて彼を見るといつもの気怠い顔じゃなくてバレーの試合中のような真剣な顔をしていた。
「俺、のこと好き。」
瞬きすることすら忘れて息がとまる。心臓がとまる。わたし死ぬんじゃないか、という錯覚にさえ陥る。彼はそんなわたしを見て小さく笑って返事を促した。
「は?」
「わ、わたしも。」
「知ってる。」
「え、なんで?」
「ま、あれだけ熱視線を送られるとね。」
寝てるの見てることバレた!?それともそれ以外でも見てたのバレてたの?分からない、そんなに見てたのか自覚のない自分が恥ずかしくなってその場にいられない。とりあえずこの人の前から姿を消して心落ち着けたい。顔が熱い。
「わたし、日誌出してくるから!」
「ちょっと待って。」
そう言って立ち去ろうとしたわたしの腕を掴んで向き合うように立たされると、また長い腕がぬっとわたしの腰にのびてきた。まさかまさか!
「俺の前ではこれくらいでいいよ。」
スカートを折り曲げ太ももの半分くらい見える丈にされて、今まで隠していた部分を時折教室に入るすきま風が撫でる。
「変態!」
顔を真っ赤にしながら教室に声を響かせるわたしを、彼は顔をくしゃくしゃにして笑っていた。そんなことされても今まで見たことのない笑顔にきゅんとしてしまう自分は相当彼にハマっているらしい。