水色に発熱する

 高校生活も、はや二年目を迎えることになった春。ピロティにクラス発表の貼り紙が貼り出され、そこには皆の一喜一憂している姿が見られる。確かにこの発表次第で一年が決まると言っても過言ではない。それくらいわたしたち高校生にとってみれば重要なことだった。その様子はまるで合格発表のようだけど、ただ、そこまで大袈裟ではない。
 少し早めに登校していればもっと確認しやすかったんだろうけど、いつもどおりの時間に家を出たせいでピロティは混んでいて貼り紙からわたしの体はだいぶ遠い。というか、全く見えなかった。何故なら高身長の男の子がわたしの目の前で壁を作っているからだ。体を左右に振ってみても見えなくて、でも、身動き取れないくらい混んでいて、マンモス校しんどいなと思いながら溜息をついた。と、そこへ前で壁を作っていた男の子が一人わたしの方へ振り向いた。

「ごめん、見えないよな。おい、太一どけ。」
「え?ああ、ごめん。」

 二人の男の子は退いてくれようとしたけど周りから押されてしまい、うまくその場所へ移動できない。困惑したまま見上げれば、太一と呼ばれた男の子がうなじを掻きながらふぅっと息を吐いた。

「しょうがないから俺が抱っこするしかないか。」
「は?」
「ちょ、怒るなよ、賢二郎。冗談に決まってるだろ。」
「お前が言うと冗談に聞こえない。」

 ぽかんとしているわたしを他所に会話はどんどん繰り広げられている。うん、とりあえずこの二人の仲がいいことは分かった。でもわたしも早く自分のクラスを確認したい。わたしだってそれなりにドキドキしているのだ。同じクラスに仲いい友達はいるか、とか、恋が生まれるようなかっこいい男の子はいるか、とか。落ち着かないわたしを見た太一くんとやらは名案を思いついたかのように、手のひらをポンと叩いた。

「名前教えて。見てあげるから。」
「あ、です。」
「はいはい、さんね。」

 確かに他の人よりずば抜けて背が高いから、この人に任せておけば間違いないだろう。バスケ部かバレー部だろうか。背が高いと有利なスポーツはそれくらいしか思い浮かばない。わたしの名前が探されるのを待っている間、場をつなげようとしてくれたのか賢二郎と呼ばれた男の子が口を開いた。

「こいつ無駄に身長高いから、気にせず任せとけばいいんだよ。」
「無駄じゃねえし。役に立ってるし。」
「うるせー。ちょっとは身長分けろよ。」
「お前が言うと冗談に聞こえない。」

 うん、とにかく仲がいい。でも初対面の男の子二人の、このテンションの会話に入っていけるほどコミュニケーション能力は高くないので、何とか作り笑いを返していた。と、そこへ「あったあった」と太一くんが声を上げたので、緊張の面持ちで太一くんの答えを待った。

さんは二年五組、俺と一緒!」
「そうなんだ、よろしくね。」
「こちらこそ。」

 それが川西くんとの出会いだった。

 新しいクラスで一番最初にやることといえば自己紹介だ。出席番号順に席を立って名前とか前のクラスとか当たり障りのないことを言っていく。それで  初めて彼のフルネームは川西太一だということを知ったのだ。淡々と喋りながら川西くんは早速クラスの笑いをとっていた。

「川西太一です。誕生日は4月15日です。新学期始まってすぐだからか忘れられがちなので、みなさん忘れず祝ってください。」

 ユーモア溢れる人だなと思った。ピロティでのやり取りもそうだったし。クラスの人気者になりそう。彼はわたしにそんな好印象を植えつけた。



 迎えた誕生日当日は自己紹介の成果があったようで、川西くんの机の上は朝から自販機のジュースやらお菓子やらでいっぱいだ。「おめでとう」の言葉もたくさん飛び交っていて本人も満足そうに口角を上げている。今まで一体どれだけスルーされていたのだろう。何だか気の毒になってくる。
 わたしもお祝いの言葉を言いたかったけれど、今日の川西くんはいつもにも増して人の輪ができていたのでなかなか近づくチャンスがなくて、とうとう放課後になってしまった。

「あ、川西くん!」

 スポーツバッグを背負って教室から出ようとする川西くんに急いで声をかけながら、何故自分がこんなにも「おめでとう」と言うことにこだわりを持っているのだろうと疑問に思った。部活に行こうとする彼を引き留めてまで。
 振り向いた川西くんは嫌な顔もせず、「何?」と言いながらいつもの顔でわたしを見下ろしていた。

「あの、遅くなったけど誕生日おめでとう。」

 もしかしたら今日、彼にとったら一番最後の「おめでとう」かもしれない。ある意味一番記憶に残るのかな、なんて思うと胸の左のあたりがざわざわと落ち着かなくなる。川西くんはわざとらしくため息をつきながら左手を差し出していた。

「ずっと待ってたのに。プレゼントは?」

 何か用意しようかとも思ったけど、あれだけたくさん貰えればもう十分かなと思って結局何も買わなかったのだ。「ごめんね、ないの」と伝えると、眉尻が少し下がっているのを除けばいつもと同じ無表情に近い顔で「えー?自己紹介であんなにアピールしたのに」と残念そうに手を下げた。そして胸の内ポケットをがさごそ触ったかと思うと二枚の紙切れを取り出して、わたしの目の前でひらひらと振って見せた。

「そんなさんにはこれ。」
「これ?」

 よく見ると最近オープンしたばっかりの水族館の入場券だった。川西くんの誕生日だっていうのにこれをわたしにくれるなんて理解不能だ。疑問符を頭に浮かべながら呆けているわたしを見て、川西くんは小さく噴き出した。

さんの休日が一日欲しいって意味なんだけど。」

 またまた理解不能だ。あまりうまく働いていない脳みそをフル稼働させながら考える。えーっと。ここに二人で行きたいってこといいのだろうか。ん?それってつまりデートってこと?
 うんともすんとも言わないわたしにしびれを切らした川西くんは少し頬を染め拗ねたようにそっぽを向いた。

さん、俺も普通の高校生なんで早く受け取ってくれないと恥ずかしいんですけど。」

 何だか意外な一面を発見した。そんな顔で照れたりするんだ。初めての発見はわたしの鼓動をどきんどきんと早めている。

「いいよ。」
「え?いいの?何で?」

 自分から言っといてそんなに驚かなくても。いつもの切れ長な目を丸くして驚きつつも、心なしかそわそわしているような気がするのはわたしの勘違いだろうか。

「川西くん、いっぱい笑わせてくれそうだから。」

 彼の手からチケットを一枚抜き取って、じっと見つめるとバチっと目が合う。どうせ休日なんて家でごろごろ暇してるだけなのだ。それなら、こんなふうに胸の高鳴りを感じるほうが比べ物にならないくらい良いに決まってる。

「笑わせるのは保証するけど、俺はドキドキしてもらえるように頑張ることにする。」

 そう言ってニヤリと挑戦的に笑いながら「じゃ、また明日」と去っていく後ろ姿を見ながらわたしは思うのだ。もう多分きっと、とっくの昔からドキドキしてるし、ずっと目で追い続けてるんだけど、まだまだ彼のことを知ってもっともっとドキドキして胸が締め付けられるほどの恋を彼としてみたいんだ、ということを。








川西くん HAPPY BIRTHDAY !! ギリギリ当日間に合わなくてごめんね!