君は れるなと叫ぶように
(ずるいずるい 彼はずるすぎる)



じわりじわりと枕に水玉模様ができていく。 しんと静まり返った部屋に無造作に置かれた家具たちは、私をなぐさめているとかそんなんじゃなくて、 逆に私の後悔の念を増徴させるような。 どうしてとめられなかったのどうしてきづかなかったのどうしてひとりでいったの。 多分ついさっきまで本人がいたであろうサソリの部屋で私はただただ涙をこぼし続けた。


サソリは砂隠れでも優秀な忍の一人で、 私みたいな何のとりえもないへっぽこ女とは全く不釣合いな奴だった。 馬鹿にしたような顔で他人を見るくせに、目だけはひどく寂しそうで、 時折見せるはにかんだ笑顔がものすごく愛しかった。 最初のうちはいがみ合っていた私達も知らず知らずのうちに惹かれ合い、 互いになくてはならない存在となって、今思えば恋人という関係だったのかもしれない。 つき合おうだの好きだの始まりの言葉はなかったけれど、ある夕暮れに私の腕を掴んで 「…」と呼んだサソリの声が少し震えていて、 苦しそうに切なそうに眉根を寄せて私を見つめるものだから、 いてもたってもいられずに私はサソリを抱きしめたのだった。 きっと私達はこの感情を何と呼んでいいか分からず、 どうやって伝えればいいのか分からないくらい子供だったのだろう。(精神的に) それから毎日毎日夕暮れにそこで落ち合うことが日課となってしまって、 決まって先にいるサソリは私に向かって 「また任務を失敗したのかと思ってヒヤヒヤしたぜ。」と意地悪く笑ったものだった。 「心配なんだ?」と問えば、そんなんじゃねえよと言って 顔を背けるので「素直じゃないんだから。」と言ったら、 サソリは軽く握ったこぶしをこつんと私の頭にぶつけた。 会話が途切れたって居心地悪くなることもなく、同じ空間を味わうだけで幸せになれた。 「何でだろうな。」と前に一回だけサソリに聞かれたことがある。 答えなんて持ち合わせていなかった私は「分かんない。」って答えたけれど、 今なら声を張り上げて叫ぶことができるのに。 それは私たちがお互いにお互いを大好きだからだよ! あの時答えることができていれば何か変わっていたのだろうか。 太陽が沈んだ後の空の色と同じようにだんだんと暗く染まっていくサソリの目は今でも鮮明に覚えている。 昨日会ったときだっていつものサソリとは何一つ変わらず、 私に意地悪な一言を吐いてみせて私が怒るのを楽しんでいるように見えた。 日課どおり無言で太陽が沈むのを見た私達は帰路につこうとしたが、 「。」とサソリが私を呼んで腕を掴んだので、 その瞬間私はこれが日課となった始まりの日のことがフラッシュバックし、泣きたい衝動に駆られた。 けれど振り返って目に映ったサソリの顔はあの時とは違って残酷なほど優しい顔をしていたから、 どうしても目が離せなかった。 そこからは何もかもがスローモーションに見えた。ゆっくりとサソリの綺麗な顔が近づいてきて、 そっと割れ物を触るかのように手を私の頬に添えた。 それが何だか気持ちよくて目を細めるとサソリの唇と私の唇がふわりと重なった。 目の前には真っ赤なサソリの髪が広がって、 暗くなり始めた空に映えてとてもきれいだった。 それからまたゆっくりと顔を遠ざけてサソリはぼそりと呟いた。 「俺の日課は夕日を見るを見ることだった。」 そんなクサい台詞を平然と言ってのけるので、ものすごく恥ずかしくなり思わず「バカー!」と 叫んでしまった。 どうしてそこで気づかなかった?その言葉は過去形だったのに。 ぽんぽんと私の頭を撫でるように叩き去っていったサソリの姿を私は何の疑問も持たずに、 心の中をピンクに染めて甘い甘い気持ちでずっと見つめていた。


そして今に至るのだ。今日は私のほうが先だと思って浮かれていた私自身が馬鹿みたいだ。 知らせを聞いて駆けつけるとそこには誰もいなかった。 触れればまだ体温が残っていそうなのに……ねえ、嫌味の一つでも言いながら笑ってよ。 そう願ってしまうから余計に涙が溢れ続けるのだ。なんて尊い日常を送っていたんだろう、私達は。 きっと私は誰のためでもない私自身のために泣いているのだ。 愛しくて優しくて甘かった日々を思い出と化してしまうために。 そして大人になっても誰かと結婚してもおばあさんになっても、 夕日を見れば必ず彼のことを思い出して甘酸っぱい感傷に浸ってしまうのだろう。

ああ、なんてずるい人。なんて馬鹿な人。なんて愚かな私。


ねえ、あのキスは

最期のキスですか?

あんなにドラマティックだったのに。