残像は心臓を握りしめ
どうして私を溺れさせるの?伸ばす手は届かないのに

沈黙を砂漠が飲み込んでいく。国境線に真っ赤な日が落ちるころになると 私はどうしても儚さを抱いてしまうのだ。今日もまた悲しくて愛しい人の黒い面影が 陽炎のようにゆらゆらと国境線の上に浮かび上がる。そして吐き気がする程鮮やかに 姿形を思い出すので、早く世界を黒く塗りつぶしてきれいに消してしまいたいと願った。




「本当に行くつもりなの?」 「…ああ。」 「…里を出たらもうこの関係も終わりだよね?」 「…ああ。」 サソリは私に一瞥もくれずに淡々と答えた。感情なんてこもっていない。 私には少なくともそう聞こえた。サソリはわたしをあいしてなんかいないんだ。 たいせつになんておもっていないんだ。だからそうやって平然と言ってのけるんだ。 今度会うときが最期かもしれないのに。(だってあなたは抜け忍で私は忠実な砂の忍じゃない?) サソリは私を殺すことに躊躇はしないかもしれないけれど、私はサソリを殺せない。 殺せるはずがないじゃないか。どうしていつも私ばかり好きなんだろう。 そう思うと情けなくって悔しくって痛いほどに唇を噛みしめた。 「…、お前一緒に里を抜ける気は…「ないわよ!」」 サソリが言い終わる前に声を張り上げると、サソリは少しだけ目を見開いて、ここで初めて私の顔を見た。 私が一緒に行くとでも思ったのだろうか。私には大好きな家族がいるし、友達もいる。 でもサソリが絶対私がいないと無理だって言ってくれるなら一緒に行きたかった。 いや、それを期待していたんだ。強引に連れ出してくれることを望んでいた。 「あなたとなんて行く訳ないじゃない。私は…私は…」 言葉が喉でつまってうまく出てこない。涙が目に溜まってサソリの顔がよく見えない。 「、聞け。俺は、」 サソリは珍しく声を荒げ(こんなサソリ初めて見た)、がしっと私の肩を強く掴んだので、 私は自分の顔が苦痛でゆがむのが分かった。 もうやめて 私を傷つけるのはもうやめてほしい  「…離して。」 「泣いたって離さない。話を聞け。」 聞きたくない 私はあなたの口から出る言葉なんてもう何も聞きたくない。 「離して!私の事なんて何とも思ってないくせに。」 瞬間視界は真っ暗になった。苦しい。暖かい。サソリの胸だ。 私を抱きしめている?いつもより強く強く。 「自分ばかりと思うな。俺だっての事が好きだ。だから一緒に来る気はないかと聞いたんだ。」 低い声で咎めるようにサソリは言った。 「嘘ばっかり言わないで。」 「嘘なんかじゃない。」 どうしてこういうときだけ自分の感情を曝け出すんだろう。もっと前から言ってくれればこんなふうにならなかった。 「一緒になんて…行ってあげない。」 ぐいっとサソリを引き離す。 「…大嫌いよ、あなたなんて。」 サソリは微動だにせず無表情のまま、ただじっと私を見つめた。 そして考え事をしたのか数秒間をおいてゆっくりと口を開いた。 「…俺もだ。お前みたいな女大嫌いだ。自分の事ばかり考えて話を聞かないような女、こっちから願い下げだ。」 「……っ」 「俺は行く。」 あっさりと吐き捨てる。 「お前はここに残ればいい。」 「…もうかえってこなくていい…」 馬鹿な私。どうして素直になれないの。ずっと一緒にいたいってそう思ってきたじゃない。 「言われなくとも。」 そうして砂に足を踏みだしてゆっくり一歩二歩、とサソリは前に進みだした。 こんな最後望んでなんかいなかった。呼吸ができているのかどうかも分からない。涙の味しかしない。
行かないで 行かないで  
声にならない叫びが喉の奥でヒューヒューといっている。 もう視界が滲んで何も見えない。あんなに鮮やかなサソリの赤い髪ですら。 それでも振り返ったサソリのシニカルな笑顔だけが何故かはっきりと脳裏に焼きついている。 「…これから先、俺はの事忘れるつもりもないし、そんなことできやしないがな。」 という言葉とともに。

だから私は

おいてきたはずの残像に

何度もわれるんだ


(皮肉を込めて笑った顔に、寂しさを見た というのは私の都合のいい解釈なのかもしれないけれど)