ぐるりった想いの路は、
寂しさに流れ、甘さに臆す、ひねもす




その日は砂隠れでは珍しく雨が降った。

長くてめんどくさかった任務を終えて (それでいて簡単な任務だった、どんくさい私が言うのだから間違いない!)、 せっかくゆっくりぶらぶらしながら家に帰ろうと思っていたのに、 突然の災難に私は思わず顔をひそめた。走る気になんてならない。 何故ならば、長くてめんどくさ(冒頭に戻る)
もうどうでもいいやなんて思い始めた頃に、鉛色の景色の中、 網膜に焼け付くような赤が飛び込んできた。何だろう、何がいるんだろう、 と分からないふりをしたのは、今から起きようとしていることを、 私の心の奥にあるものが無意識のうちに 危険だとサイレンを鳴らしていたからなのかもしれない。 そこにいたのは言わずもがな赤砂のサソリであったけれど いつもにも増して顔色が悪いように思えた。陶器のような白い肌は、 血すらも通っていないような気がして気味が悪くなった。 あまりにもその景色に溶け込んでいたので、その鮮やかな赤色の髪がなければ、 私は彼の存在に気づくことが出来なかったと思う。 ご丁寧に気配まで消して立っていた彼は、 それはもう、一枚の絵画のようにさえ思えたのだ。 色の無い顔で(ついでに表情も無い)、壁に寄りかかりこちらをじっと見てくる目。 その目だけは何故か鋭く、私の心の内まで見透かされているような気がして、 あまりいい気分ではなくなった。(まあ、元から気分は最悪だった。だって天気が、ね。) ただ、私は少数派なのだろうと思う。この目に見つめられたいと思う女子は、 両手に余るほどいるはずだ。

「よぉ、。」

無表情だったはずのサソリの顔は今では恍惚の表情に満ちていた。 こいつ、こんな顔も出来るのかと感心しつつ、 心外にも私は心臓を跳ね上がらせた。 美少年は何をしても絵になるっていうのはこういうことなのか。 何を企んでいるのか予想にもつかないサソリを、私は遠慮も無く睨みつけた。 私達は今までこれといった接点なんてなかったはずだ。 私の方にしてみれば、彼は有名人であったから知らないなんてことはありえない。 けれど彼の方が、アカデミーでも至って普通の存在だった私の名前を知っていたのは 驚くべきことであった。そして私は優等生だったサソリを苦手に思っていた。 (今になって思えば妬んでいただけかもしれない) (それとも彼を憧憬の対象として見てた?) そんな彼が私に一体何の用だろう。 彼が砂を踏みしめて近づく度に、街の喧騒がものすごく遠くに感じられるほど、 そこは私たち2人だけの空間になってしまったようだ。 切り抜かれて絵本にでもされた気分。私は一歩も動けなかったのだ。

「任務帰りってとこか。」
「そう。疲れてるんだから、早くそこ通してよね。」
「嫌だといったら?」
「ふざけてないで、さっさと通しなさい。」
「強気なんだな。そういうところも嫌いじゃない。」
「何言ってんの!?」

不覚にも顔に全身の血が集まってくるのを感じた。 サソリはにやりと嫌な笑みを浮かべて舐めまわすように私を見た。 もう逃げ出したいと思った私はサソリの腕を押しのけて通り抜けようとした。 けれど逆にその腕を掴まれ、引っ張られ、勢いよく壁に叩きつけられた。 いつの間にか居場所が逆転していることを認識した私は瞬きをすることも忘れて、 じっとサソリの目を見ていた。サソリはそんな私の耳に唇を寄せて囁いた。

「お前は俺のものだ。」

彼の囁きと同時に私の鼓膜が湿った気がした。 彼の吐息は夏なのに白く・・・白く濁って見えた。 私の体はガタガタ震えだし歯はガチガチと音を鳴らし始めた。 真夏なのにこの世界だけ凍てつき始めた気がした。

「くくく・・・冗談に決まってんだろ。」

嘲るようにサソリは笑って、目を細め私を見た。 私は耐えられず顔をそらし、酸素を求めるように浅い呼吸を何度も繰り返した。 息苦しさをどうにかしたくて小さな深呼吸を一回だけしたそのとき、

「こっち向けよ、。」

顎に温かみを感じて、サソリの指が私の顎を持ち上げていると理解したときに、 再び視界に燃えるような赤が飛び込んできた。その顔はいつになく真剣で、 息も瞬きも出来ないほどに囚われてしまった。

「やっと捕まえた。」

その言葉と同時に噛み付かれた唇は熱くて、私の涙腺を溶かすように、 優しくなぞったものだから、私の瞳から大きな雫が一粒流れ落ちた。 それは頬を伝って、顎から落ちて、雨に紛れて、砂に吸い込まれた。 その音が聞こえたような気がして・・・同時に彼が、
もう、何処へも、何処にも、いかせるものか と言ったような気がして、
私はどうしようもなく泣けてきた。

ああ、私はずっとこのときを夢見てたのかもしれない。

もう君を思い泣き喚く夢で

目覚めることはないよ

(それは、体温と優しさときっかけを探し続けた淡く儚い私達の幼い物語。)


お題配布元;群青三メートル手前