学園祭当日

 吹奏楽部のファンファーレが青く澄み渡った空に高らかに響いている。いつも厳かに聳え立っている白鳥沢学園の校門は、今日だけは色とりどりに装飾され、これから始まる学園祭に心が踊りだしそうだ。けれど、川西くんと見て回ることを考えると緊張の方が勝って手のひらがじっとり湿ってくる。
 だめだ、考えるな。深く考えないで楽しもう。もうこうなったら流れに身を任せるしかない。
 頭をぶんぶんと横に振って、軽く自分の頬を叩く。程よい痛みが思考をクリアにし、肩から余計な力が抜けていく。
 わたしは朝一から監視当番に当たっている。対して川西くんはちょうどお昼どき。だからわたし達はお互いお昼ご飯を食べてから二人で回ろうと約束した。今でも昨日の指きりの熱が小指に残っている。川西くんの手はわたしのと比べるととても大きくて、大人と子どもくらいの差がある。その大きな手のひらでボールの勢いを殺しているのだと思うと、わたしなんかが簡単に触れてもいいものかと一瞬戸惑ってしまった。だけど、彼はそんなことお構いなしにわたしの手に触れた。あったかくて安心する、でも触れるとどきどきが止まらなくなってしまう、そんな手だった。
 朝礼が終わるとみんな散り散りになった。川西くんは、午前中はほぼバレー部の方に入り浸っているらしい。バレー部は焼きそばを売ることになっていて大量のキャベツを切らないといけないのだと愚痴をこぼしていた。
 30分程度の監視当番はすぐに終わってしまった。だけど、たったそれだけでも今までの苦労が報われた気分になった。わたし達が四苦八苦して作り上げたハリボテは、教室内で展示しているためか珍しかったようで、朝一からまあまあの客足だった。教室の床から天井までめいいっぱいの高さを使った大きなハリボテは、作り上げた私たちですら完成のときに感嘆の声を漏らしたのだ。だから、見に来てくれた人たちの「すごい大きいね」という声が耳に入ると、自然と笑顔がこぼれ落ちるのは当然のこと。
 当番を終え、川西くんと合流するまで友人とゆっくり校内を回る。夏祭りを彷彿させる美味しそうな出店がたくさん出ていて、ついつい色んなところで足を止めてしまう。すると、少し離れたところから耳に馴染んだわたしを呼ぶ声が聞こえてきた。

!おーい、!」

 姿を見なくても分かる。川西くんだ。
 声のする方を振り向けばメガホンを持って大きく手を振る彼の姿があった。エプロンをつけ、頭にはねじりハチマキを巻いている。いつもとは違う格好を見て、ちかちかと目の前に星が散る。

「バレー部に一番に来てくれるって言っただろ?」
「ごめん、どこも美味しそうで目移りしちゃって」
「おーし、じゃあ川西の彼女の分は肉多めにしとくな」

 わたしは食いしん坊キャラでもなんでもない。むしろ川西くんと一緒に回る前に太っちゃうようなことしちゃダメだと思って我慢しているのに……って、彼女!?
 言われた言葉が脳内で反芻する。言葉自体が熱を帯びたみたいに全身を駆け巡り、わたしは沸騰したヤカンさながら頭のてっぺんから湯気を放出した。

「え、えっと……」
「山形さん、まだ彼女じゃないって」
「似たようなもんだろ?ほら」

 お肉が山盛りになった焼きそばが山形さんと呼ばれた先輩から川西くんの手に渡り、それからわたしの元へやって来る。
 まだ彼女じゃない。まだ……。でも、わたし、今日、川西くんの彼女になるのかな。
 茹でダコになりながらそうっとその焼きそばを受け取る。お肉の山盛りが恥ずかしくって猫背になりながらこそこそ隠していると、川西くんはわたしに耳打ちをした。Tシャツから伸びたすらりとしているのにたくましい腕。それがわたしの腕にブラウス越しに触れて、わたしの体温は上昇し続ける。このままじゃ溶けてなくなってしまいそうだ。

の分は特別に俺の愛情入り」

 見上げると、ふ、と口角を上げて優しく笑う姿が視界に入って思わず視線をそらす。もごもごと「でも、太りたくないよ」と言えば、「えっ」と体を揺らした川西くんがわたしと視線を合わせようと体を屈めた。

「太りたくない?てかもっと食べた方がいいって。まあ今のままでも触り心地は最高だけど」

 もうわたしをからかうのはやめて欲しい。顔が焼けるように熱くって、のぞきこまれたってまともに顔が見れない。わたしは一体いつ川西くんに触られたっけ?思い出そうとしても、頭がうまく働かない。
 そんな中でもなんとか言い返そうと、三文字だけを言葉にする。

「……えっち」
「え……!?」

 彼女でもない女の子に触り心地なんて言うもんじゃない。仕返しのつもりで上目遣いで見つめ返すと、わたしの行動が予想外だったのか川西くんの頬がみるみるうちに染まってゆく。完全に動きを止めた姿に満足して「じゃあまた後でね」と踵を返す。わたしの火照った体は、川西くんが照れた様子を見て段々と平熱を取り戻していた。
 呼び止められるかなと思ってちらりと振り返って盗み見たけど、そんな気配は全くない。それどころか川西くんはロボットみたいに不自然な動きをしていて、山形先輩が「おいおい、どうした」と声をかけても上の空。生返事しか聞こえてこない。
 見つめていると、パチリと目が合う。いまだ頬が赤いままの川西くんを見てると、それが感染してわたしまで顔が熱くなる。冷めた体は再び熱を持ってしまってどうしようもない。わたし達はふたりでぎこちなく手を振りあって、その場を後にした。



 約束の時間になって裏庭へ行くと、そこだけ学園祭から取り残されてしまったかのように静まり返っていた。さわさわと秋の風に吹かれながら色づいた葉が揺れている。ベンチではお昼寝をしている生徒やゆっくりと昼食をとっている生徒、学園祭には参加せず読書をしている生徒など皆思い思いに過ごしていた。
 遠く聞こえる喧騒に耳を傾けながら、落ちている銀杏の葉を拾ってくるくる回す。何かしていないと緊張で心臓がどうにかなってしまいそうだった。
 しゃがみ込んで花壇に植えられている桔梗の花びらをそうっと触っていると、わたしの目の前に大きな影が落ちた。きっと川西くんだ。そう思ったけれど、その影の頭には小さくとがったものがふたつ、ついている。訳がわからず振り向けば猫耳をつけた川西くんが立っていて「にゃん」と可愛くない声で鳴いてみせるものだから、緊張もどこかへ吹き飛んでしまった。

「どうしたの、それ」
「いや、なんか先輩が猫耳つけて焼き鳥売ってたんだけど、余ってるからあげるって」

 ひとしきり笑ったあと事情を聞けば、川西くんは恥ずかしげもなくそう答えた。むしろちょっぴり乗り気だ。すっかりいつもの川西くんに戻っていて、お昼前の照れた川西くんはもういない。わたしばかり意識しているみたいで少し悔しい。
 ゆっくり立ち上がると川西くんの手がぬっと伸びてきて、その大きな手のひらには彼とおそろいの猫耳カチューシャが乗っていた。

「なにこれ」
「なにって、の分。折角だからおそろいでつけておいでよって先輩が」

 なんとなくその先輩が誰だか分かったような気がする。
 無言で受け取って無言で頭につけてみる。似合っているかは分からない。だってこんな格好をするのは生まれて初めてなのだから。恥ずかしくって前髪を直すふりをしながら俯いたままでいると、川西くんが「よく見えないなあ」と言いながら覗き込んでくる。
 また、だ。じわじわと心臓を蝕む熱が鼓動を乱して、体温の調節がきかなくなる。わたしにばっかりこんな想いさせて、川西くんは本当にずるい。
 涙目になりながら視線を合わせると、少し面食らった様子を見せた川西くんが人差し指でぽりぽりと自分の頬をかいた。

「あー……とてもかわいいデス」

 お互い照れ臭さを誤魔化すように、ふいっと視線を反らせて、わたしは両手を後ろで組んだ。川西くんはぐーっと背伸びをしてから半歩前に出て「そろそろ行きますか」とわたしを軽く振り返った。目は合わない。川西くんが意図的にわたしを見てくれないと身長差がありすぎてあまり表情が分からない。それでも、彼の片手は自身のうなじに添えられていて、ほんの少し耳たぶが赤いから、きっとわたしとおんなじ気持ちなのだと心臓がきゅんと悲鳴をあげた。



 ぶらぶらと適当に周りながら気になったところへ適当に入る。川西くんの長い足で普通に歩けば、きっとわたしなんて置いていかれるのだろう。だけど常に手を伸ばせば届く距離にいてくれて、わたしの歩幅に合わせてくれてるのだと思うとなんだか胸がいっぱいになった。

「あ、ここ入りたい」
「ん?なに?」

 そこはプラネタリウムと書かれた看板に、小さく控えめに光る電飾が施されている。暗い中でなにか起こるかもしれない、なんて期待したわけじゃない。ただ、ふたりで少しロマンチックな気分を味わいたかっただけだ。
 展示されている教室は暗幕で覆われていて、一歩足を踏み入れてしまえば外からの光は全て遮断され、そこに星空が浮かび上がっていた。レーザーポインターで星を指しながら生徒が解説をしてくれている。部屋の真ん中には寝そべることのできるスペースが用意されていて、わたし達も靴を脱いでそこへ横になった。

「川西くんは何座なの?」

 周りに迷惑にならないように声をひそめ、少し川西くんの方へ顔を向ける。思ったよりも顔が近くて、わたしの心臓がせわしなく動きだす。
 川西くんは、一度わたしを見てから天井に視線を戻して考えごとをするように、うーんと唸った。寝た状態で並んでいることが今までにないシチュエーションで、心臓が口から出ちゃうんじゃないかと思うくらい暴れている。

「俺は4月生まれだからおひつじ座」
「もう終わっちゃったんだ……来年はお祝いするね」

 再びわたしを見た川西くんは一瞬驚いたような顔を見せたけれど、すぐさまにやりと不敵に口角を上げて「楽しみにしてる」と笑った。
 ひととおり解説を聞き終わると、川西くんの方が先にむくりと起き上がった。わたしも、と思って体を起こすと、すでに立ち上がった川西くんがわたしに大きな手のひらを差し出している。

「どうぞ」
「ありがとう」

 それに甘えて川西くんの手のひらに自分の手のひらを重ねると、体温が溶け合うみたいにひとつになった。気持ちいいなと思った瞬間ぐっと引っ張られ、その勢いで立ち上がる。このまま手を繋いで教室を出るのかな、と淡い期待を抱いてしまったけれどすぐに離され、ほんの少し残念に思う。
 手持ち無沙汰になった右手でさりげなくスカートのしわを直しながら教室を出ると、川西くんが振り返った。笑いを堪えたような変な顔だ。

「俺も行きたいとこがあるんだけどいい?」

 不審に思いながら、こくりと頷くと連れてこられたのは白布くんのクラスだった。白布くんはちょうど教室の前で客引きをしていて、わたし達の姿を確認するとあからさまに不機嫌になり顔をしかめた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 棒読みでわたしを案内しようとしてくれている白布くんは執事の格好をしている。ここまできてやっと、さっきの川西くんの笑いを堪えた表情に納得がいった。

「俺には、ぼっちゃまお帰りなさいって言ってくれないの?」
「お嬢様を変な輩から守るのが俺の役目なんで」

 白布くんは冷たい視線を川西くんに向けて一度だけ盛大な溜息をついた。川西くんは「賢二郎ひどっ」と言ってるものの面白がっている。
 案内された席でお茶とケーキをいただきながら窓の外を見ると、キャンプファイヤーの木組みの最終チェックがされていた。もうすぐ川西くんと踊るんだと思うと段々鼓動が早くなってくる。だけど、不思議なことに朝ほど緊張していない。目の前には生クリームを口の端につけている川西くんがいて、自然と口元が綻ぶ。今、ここに流れているふたりの時間はとても穏やかなものだった。




 青と橙のグラデーションの空に一番星が宝石みたいにきらりと輝いている。校庭の真ん中では、キャンプファイヤーの火が煌々と燃えていて、その大きさが増していくのをわたし達は隅に置かれたベンチに座って眺めていた。
 いよいよ学園祭も終わりを迎える。生徒会のアナウンスが流れると、生徒たちが炎を囲んで大きな輪をつくり始めた。流れているBGMは、皆の騒がしい声に掻き消されてほとんど聞こえなくなってしまった。
 いつ川西くんに返事をすればいいんだろう。なんて言えばいいんだろう。スカートの上で拳をぎゅっと握ってそんなことを考えていると、川西くんがタイミングよく「じゃあそろそろ……」と立ち上がった。
 川西くんがゆっくりとわたしの前に立つ。薄暗い中でも彼が真剣な表情をしているのが見て取れて、わたしもぐんと背筋を伸ばした。

『フォークダンス開始5分前となりました』

 わたし達の張り詰めた空気とは真反対の楽しげで明るいアナウンスが聞こえてくると、いっそう周りは騒がしくなった。それとほぼ同時に川西くんがすっと目の前に跪いて、わたしに手を差し伸べた。まるでお姫様みたいな扱いに、急に現実感がなくなって、わたしはその光景をドラマを見るようにぼうっと眺めることしかできないでいた。

「ずっとのことが好きでした。ぜひ俺と一緒に踊ってください」

 川西くんの後ろで、ぱちぱちと火の粉が散って、スパンコールみたいに輝きながら舞っている。
 わたしの頭の中では一週間前のことがフラッシュバックしていた。あのときは何も考えず自分の手を重ねたけれど、今日はちがう。わたしが触れたくて手を伸ばすのだ。
 差し出された手にそうっと自分のを重ねる。緊張で汗をかいているかもと心配になったけれど、川西くんの手のひらもしっとりと湿っていて、なんだか安心した。

「わたし、今までちゃんと川西くんを見たことなかったんだけど、この一週間はずっと川西くんのことしか考えられなくて……」

 安心した途端に川西くんへの想いが言葉になって溢れ出す。うまく言えないかもしれない。だけど、伝えるのは今しかない。川西くんは途切れてしまった言葉を無理に催促することなく、じっと静かに待っていた。

「優しくて、面白くて、でも少し臆病なところもあって、だけどしっかり芯がある。知れば知るほど川西くんに引き込まれたし、もっと知りたいと思った」

 重ねた手をぎゅっと握ると、おんなじ力でぎゅっと握り返してくれる。いつの間にこんなに好きになってしまったんだろう。心臓が震えて呼吸さえもままならない。こんなの初めてだ。

「わたしも川西くんが好き。わたしでよければ一緒に踊ってください」
「よければ、なんて、俺はがいいに決まってる」

 わたしの返事を聞いた川西くんは目を細めてにこりと笑った。今までになく嬉しそうな表情だったからついつい見惚れていると、急に腕を引っ張られてバランスを崩してしまう。前のめりになったわたしを川西くんが受け止めて、胸元にぎゅっと押し付けられると、見計らったかのように音楽が鳴り始めた。

「じゃあ踊ろっか」
「うん」

 わたしから体を離した川西くんがもういちど手を差し伸べてくれて、わたしもふたたび川西くんの手のひらを握り返す。
 あんなに心配だった振り付けも、踊り始めると勝手に体が動いた。心臓はどきどきと大きく脈を打っているのに、川西くんが楽しそうに口元を緩めているのをはっきりと瞳に映すことができる。手から伝わる川西くんの温度がわたしの血液を介して脳内に到達して、からだ中が麻薬物質で満たされてるみたいに気分が良くなった。
 だから普段からは考えられないような行動が起こせそうな予感がした。わたしは、ずっと、この一週間の鬱憤を川西くんにぶつけたいと思っていた。わたしだって、川西くんの鼓動を乱したい。
 そう思って、キスする振りをするところで本当に唇を川西くんの頬に押し付けてやった。すると、川西くんはゼンマイの切れた人形のようにぴたりと動きを止めてしまった。

「川西くん?踊らないの?」

 微動だにしない川西くんをしたり顔で見上げると、彼はわたしが唇で触れたあたりを片手で抑えながら意地悪げに口角をあげた。頬を染めてる気配なんて全くない。やられた。

のえっち」

 作戦失敗。これはきっと昼間の仕返しだ。わたしの体温がぐんぐん上がっているせいか、頬を撫でる風の冷たさが心地いい。せめてもの思いで口元を引きむすんで睨みあげると、川西くんはそんなこと気にもとめず、わたしの腕を掴んで歩き出した。前につんのめりそうになりながら慌てて歩調を整える。

「ど、どこ行くの?」
「どこって教室!」
「なんで!?」
「なんでって、俺とのファーストキス、誰にも見せたくないだろ?」

 少しだけ振り返った川西くんは、内緒だよと言いたげに人さし指を自分自身の唇に押し当てて、にやりと不敵に笑った。何を言われたのか理解が出来なくて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。体ばかりが熱くて、くらくらする。
 川西くんのペースで歩いたせいかわたしは息を切らしているのに、隣の川西くんはもちろん平然としている。教室に着くと川西くんは窓際に置かれた机にもたれかかり、わたしを足の間に挟み込んで捕らえた。
 校舎内はとても静かだ。わたし達ふたりの息づかいだけが空気を揺らしているみたいで、必死になって呼吸を整える。その頃には川西くんが言った意味が理解できてしまっていて、窓の外ばかりを眺めていた。
 キャンプファイヤーの炎が揺らめいているのか、わたし自身が揺れているのか分からなくなって、つまさきにぐっと力を入れる。川西くんはわたしを見つめている。

「ねえ、
「な、なに?」

 声が上擦る。だって川西くんの方を見ればキスされてしまう。かたくなに外を見続けるわたしに川西くんは小さくため息をついた。呆れられたのかもしれない。心臓のあたりがきゅうっと絞られたようにひりひりする。じわじわとせり上がってくる水気を感じて唇を噛み締めると、川西くんがふっと息を漏らして微かに笑った。

「にゃんって言ってほしいんだけど」

 予想外の言葉に呆気にとられ、思わず目を見開いて川西くんを見つめた。彼は優しいけど意地悪な顔でわたしを見ている。
 川西くんは自身の手で猫の手を形づくって「にゃんにゃん」とわたしを小突き始めた。わたし達は未だに猫耳カチューシャをつけていた。

「もうっ」

 握りこぶしをつくって川西くんの手にパンチをお見舞いすると、その手は難なく捕らえられて、お互いの鼓動が聞こえそうなくらいにふたりの距離が縮まった。

「やっとこっち向いた」

 満足気に細められた目に燃え上がる炎とわたしが映っている。目が離せない。息が詰まりそうなほど綺麗な瞳だった。
 川西くんの目が伏せられて、わたしの後頭部に手が回る。こんなにロマンチックなムードなのに、猫耳を生やしたままのわたし達が滑稽でおかしくて、何だか笑えてしまう。川西くんだって口元に薄い笑みを携えている。
 川西くんの制服をぎゅっと握って目を閉じる。キスが終わればお望みどおり言ってあげる。上目遣いで、うるんだ瞳で、腰が抜けそうなほどにとびきりかわいく。そうして照れて嬉しそうに笑うあなたの顔を、今度こそわたしの虹彩に焼き付けさせてよ。