(白布賢二郎の場合)

3月にしては随分暖かいらしい。そういえば昨年はまだこの時期は制服の上からコートを羽織っていたような気がする。これが巷で騒がれている異常気象というやつなのだろうか。気象予報士が明日も高気圧に覆われるでしょうとか言っていたからきっと明日も晴れるのだろう。
白布は財布の中に入れている予約伝票を取り出して眺める。明日に渡そうと思っている花束の伝票だった。これが意味を持つのかは分からないが、自分には伝えなくちゃいけないことがある。

年末年始は散々だった。春高の予選で負けた後は3年生も引退し新しいチームでスタートを切ることになると同時に、マネージャーのも引退し受験勉強に専念することになった。スポーツ推薦で進学する先輩たちは毎日のように部に顔を出していたものの、マネージャーであるはそういうわけにもいかないのでめっきり顔を出さなくなった。とは言ってもつきあっている2人なので全く会わないわけではなく、夕方に部活が終わる土日のどちらかは2、3時間だけお互い時間を作って会うようにはしていたし、毎日一言二言メールでやり取りはしていた。ただ、3年生が抜けたあとの穴は大きく、自分も他のスパイカーに合わせることに苦労し、強豪校を強豪校として引っ張っていくプレッシャーも大きかった。それで余裕がなく、どうしても1人になりたいときがあった。そうでないと傷つけてしまいそうで怖かった。
年末は3日ほど部活の休みの日があったので、そのうちの2日間と会う予定だった。自分も課題があったので、が受験勉強している間に済ませてしまおうと図書館で一緒に勉強するつもりだった。けれど、考えてしまうのはバレーのことばかり。なかなかうまくいかない自分とは違って、隣で勉強するの姿は新しい世界を見据えていて眩しかった。俺をおいて大人にならないで、なんて女々しいこと言えやしない。だから、約束していた2日目は会いたくなかった。ひどい言葉で罵ってしまいそうだった。「会いたくない」、そう言えばは傷ついた顔で自分を見つめていた。きっと言いたいことはいっぱいあったんだろうけど、「わかった」とすんなり受け入れてくれた。だから、勝手に分かってくれているものだと思っていた。
年が明けて会ったとき、の様子はひどく不自然で自分に気を遣っていた。いや、いつも気を遣ってくれてはいたのだがそういった優しい雰囲気ではなく、どちらかといえば怯えているのに近い気がした。いつもどおりにしてって言ったって、不自然な笑みで「いつもどおりだよ。」と返されるだけで、どうしたらいいか分からなかった。
そうこうしているとセンター試験の日なんてあっという間にやってきて、その日からからの連絡はパタリとやんだ。自己採点の結果が悪かったのだろうか、と自分も気を遣ってこちらから連絡することができず月日が経つばかり。
自分が会いたくないと言ったことが原因だったのか、とか、でもあれが最善の策だったはずだ、とか、会いたい、でも連絡できない、のことが頭を占めてしまいどうしようもなかった。気を紛らわせるようにバレーに打ち込んで、体を動かすことをやめるとのことを考えてしまうので、ただひたすらに練習する。すると、のことを考えないようにすればするほど結果がついてきて、やっと心に余裕ができたのだ。
の合格を聞いたのは本人の口からではなかった。部活に来ていた先輩たちが話しているのを聞いただけだった。自分には知らされなかったという事実を知ったときの感情は、言葉では言い表せないくらい醜いものだったが、そこで始めて、自分には色々言えなかったの気持ちを考えることができたのだ。だって本来のであれば、こんなことはありえない。ちゃんと報告してくれる。にも苦しんでいることがあって、でも自分も苦しんでいたから、だから結局全てはお互いがお互いを傷つけないための予防線だったのだろう。

部屋で1人になるとずっと携帯が震えるのを待っていた。自分から連絡するのが怖かった。でも、いつだって気持ちを伝えてくれるのはからで、だから今度こそ自分から伝えたい。俺の恋はまだ終わっちゃいないんだ。



(の場合)

明日で最後の制服を壁にかけて眺めていた。最後だと思うと何だか感傷的になってしまい自分でアイロンをかけてみた。スカートのプリーツが難しくて少し歪なところがあるけども、それがわたしみたいな気がして自嘲気味に笑う。

ずっと目指していた大学があったけど、合格判定でA判定が出たことはなかった。ぎりぎりまで部活をやっていたため、自分が決めたこととはいえ焦りはあった。あんなに毎日部活で顔を合わせていた彼とも引退した後は週に1回か2回会うだけに減ってしまって寂しく思ったけど、その少ない逢瀬がとても大切で愛しかった。結果がなかなかついてこない勉強の息抜きにもなったし、頑張ろうという原動力にもなった。
けれど段々彼の背負っている重圧が重くのしかかって来たようで、会っても素っ気ない返事が増えるようになった。分かってはいた。彼ももがいている。でもわたしは自分が会いたいという欲求を抑えられなかった。
だから、「会いたくない」その言葉を聞いたときに、なんで、どうして、わたしは会いたいのに、1人になんてならないで、そう思ってしまった。わたしばっかり好きなんだ、わたしばっかり、わたしばっかり。でも、そんな自分を見せるともっと彼を苦しめると分かっていたから、今までの態度じゃダメだと思って、不自然になる。そうなってしまえばさらに本来の自分の姿を見失ってしまうというぬかるみにはまっていったのだった。
センター試験の結果はあまり芳しくなかった。それもそのはずだろう。ずっと彼のことばかり考えて悩んでいた。だから負のループを断ち切りたくて自ら連絡を絶った。幸い、二次試験で挽回はできそうだったので願かけの意味も込めて。
自分勝手だったと思う。傷つけてしまったかもしれない。でも、どうしてもやり切らなくちゃいけなかった。
連絡を絶っていても写真立てに入れている2人の写真は毎日眺めていた。もう少しでこの頃の私たちみたいに戻れるから。そんな想いを糧にして。
自分の受験番号が合格者一覧の表に載っているのを見つけたときは、真っ先に彼に知らせようと「合格したよ」と打ったのに送信ボタンが押せなかった。送信ボタンを押してしまえば、彼と過ごした高校生活が終わってしまう、そんな気がした。今でもそのメッセージは下書きで残っている。あの頃には戻れない、だって、わたし、もう高校生じゃなくなっちゃう。
好き、大好き。会いたい。怖い。
言いたいことが言えなくなったわたしには、絡まってしまった糸のほどき方が分からなかった。







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