春の呼び水・後





※R18の描写があります
自己責任でお読みください





 柔らかな日差しがよく入る南向きの1Kの部屋で、積み重なった段ボールをびりびりと開けてゆく。整理整頓はわたしより北のほうが上手だ。わたしの一人暮らしの部屋を黙々と綺麗にしている男をこっそり盗み見ながら、わたしは持ってきた服をクローゼットに直していた。
 この引越しを手伝うと言ったのは北だった。北はわたしが心配で心配で仕方がないらしい。たしかにまだ一人で家事をこなすのは不慣れだけど、それは経験を積み重ねればなんの問題もないと思う。なのにこうやって甘やかして、1人じゃなにも出来なくさせて、離れられなくするのがこいつの作戦なのかも。と思いきや、さすが北。わたしの手が止まっているのを目ざとく見つけては、「はよ手動かせ」とか「そんなんじゃ日暮れるわ」とか小言を並べるもんだから色気もクソもない。

「これ、どこ置くんや」
「どこでもええよ。北に任せる」
「任せる任せる言うて、どこに置いたか分からんようになったらどうすんねん」
「そんときは北に電話する」

 そう言うと、北はゆっくりとまつ毛を瞬かせ、ぱたりと動きを止めた。今のわたしが出来る精一杯のデレだ。わたしから電話することなんて滅多にないけれど、こうやって口実があればいつだって何度だって電話できるから許してほしい。それを北も分かっているからか満更でもなさそうで「ほうか」と言ってまた片づけを再開した。
 初めての一人暮らし。本当なら両親が引越しを手伝ってくれる予定だったけれど、北は自分がしたいと言ってわたしの両親の許可を得るためもう一度家に来た。両親を目の前にして、背すじをぴんと伸ばし、わたしとつき合っていることを報告して、それから引越しのことを聞いて。黙っていれば問題なかったのにと少し思ったけれど、大事にしようとしてくれてることが伝わってなんだか泣きそうになった。あまりにも堂々としていたから緊張しなかったのか聞くと「あほか。するに決まってるやろ」と言ってハンカチで額を拭ったので、北も緊張するんだなあと妙に安心した。後から両親に「なんでおまえが、あんなちゃんとした子とつき合うことができたんや」と聞かれ、それはむしろわたしが聞きたいと思った。わたしよりいい女の子なんてたくさんいるだろう。大学に行けば尚のこと。そう考えれば少しセンチメンタルな気分になってしまう。
 太陽が真南にくると、まだ高度が低いせいか直接光が部屋に入る。眩しくて手をかざせば、気が抜けたのかお腹の虫がぐうと鳴って、北がこちらを向いた。

「なあ北、わたしお腹へった」
「そういやもうそんな時間か」

 いくらわたしでも好きな人の前でお腹を鳴らすのはさすがに恥ずかしいので、それを紛らわせるように大げさにお腹をさすった。すると北は、春の風みたいにゆるりと笑って立ち上がった。

「昼飯買うてくるわ」
「うん、ありがとう」

 バタンと玄関の扉が閉まってひとりきりになる。一人暮らしを始めるというのに、この部屋にひとりきりになったのは初めてのことだった。途端に、先ほど感じた不安やらさみしさが大きくなって飲み込まれそうになる。このままじゃ北にもっと心配されてしまうし、そんなの悔しくてたえられない。とにかく上を向こう。そう思って見上げると、目に入ったのはつい最近まで着ていた制服だった。特に必要だから持ってきたわけじゃない。ただなんとなく。でもそれが正解だったと気づく。これはわたしの戦闘服。着ればきっと元気になる。だから、わたしは今着ているニットを豪快に脱いで制服のブラウスに袖を通した。
 鏡の前でポーズをとりながらまだまだいけるなと吟味していると呼び鈴が鳴る。バタバタ駆けて玄関の扉を開けると、北はわたしの姿を確認するよりも先に「ちゃんとモニター確認したか」と母親のように小言を言った。

「おかえり」

 北がどんな反応をするのか想像し、こみ上げる笑いを堪えながら出迎えると、ようやくわたしを見た北が動きを止めた。あ、気づいた。そう思ったのも束の間。北は口元をほんのわずかひき結んでわたしを見据えたあと、華麗にわたしの隣をすり抜けて靴を脱いだ。

「ただいま」

 そのまま奥に入って、何事もなくフローリングに座り、買ってきたものをテーブルに並べ始めた。どうやらわたしのこの格好には触れないでおこうと決めたらしい。でも北は分かっていない。わたしはそういう態度を取られると余計に火がつくことを。わたしは玄関でブラウスのボタンをいつもよりも多めにはずした。はよ食え、と言う北の真ん前に立って前かがみになる。

「わたしのやつどれなん?」

  首を傾げてはらりと落ちた髪の毛を、わざとらしくたっぷり時間をかけて耳にかける。それでも北は、わたしの胸元なんて見えていないかのように一瞥も寄越さず、わたしの目だけをじっと見つめ、シーチキンマヨネーズのおにぎりを差し出した。それから、さっさと自分の分を食べ終えて、中断していたキッチンの整理をし始めてしまった。つまらない。全くもってつまらない。そういえば北は、わたしが第二ボタンの予約をしたときに風でスカートが捲れあがっても眉一つ動かさなかった。どうにかこうにか、この格好について何か言わせたくなって、わたしも段々意地になる。
 カーテンをつけるのに脚立にあがり、怖いからと言って北に押さえてもらう。それでも北はわたしを見ない。それどころか「俺がやった方が早い」と言ってわたしの仕事を横取りしてしまった。テレビ線のつなぎ方が分からないと言って一緒に取扱説明書を覗き込む。北の腕にぎゅっと体を押しつけたって彼の仮面ははがせない。どんなに頑張っても、北は表情を崩すことなく適当にわたしをあしらって、やりかけの片づけに戻ってしまう。その他諸々、思いつくネタを出しつくしても、ここまで興味なさげに振る舞われるとわたしも傷つく。だからわたしは最終手段に出た。

「なあなあ北。ここ座って。休憩しよ」

 真新しいシーツがかかったマットレスの縁に腰かけて北を呼ぶと、北は呆れ返ったような長いため息を吐いて冷ややかな目でわたしを見た。

「休憩しよ言うたってさっきから休憩しかしとらんやん」
「はあ? 失礼やな。めっちゃ働いてるやん」
「よう見てみ。まだダンボール残っとるやんけ」

 北は腕を組んで仁王立ちになった。まだキャプテンとして曲者たちを束ねていた頃の威圧感がある。それでもわたしはずっと北と犬猿の仲をやってきたのだ。そんなプレッシャー、物ともしない。ベッドから立ち上がって北の前まで行くと、北の首に両腕を回して右足を絡ませた。

「なあ、ちゅうしよっか」

 上目遣いで首を傾げると、見下ろす北の目が一瞬揺らぐ。勝った。そう確信したのに、北は組んでいた腕を解いてわたしの頬を出し抜けにつねった。

「いたっ」
「そんなんどこで覚えてきたんや」

  北はふたたび長い息を吐くと「とりあえず休憩したるわ」と言って、わたしの頬を軽く引っぱりながらベッドの方へ足を向けた。大して痛くもないのに痛い痛いと言っていると肩をトンと押されシーツに沈み込む。さっきわたしがしていたみたいに座るものだと思っていたので、油断していた。文句を言ってやろうと顔を上げると、それとほぼ同時にぎしりとスプリングが軋む音がして、北がわたしに乗りかかった。

「……ん、」

 表情を確認するまもなく、口を塞がれ息ができなくなる。後頭部のまるみに沿って北の手がすべり、わたしの頭を押さえつけている。わたしの右手は北の左手に絡みとられてほどけない。反対の手で北を押し返そうと力をいれると、ほんのわずかに開いた唇の隙間から舌がねじ込まれ、執拗に追いかけられる。後頭部に回された手が、逃げ惑うわたしをなだめるようにゆっくりと上下するので、その気持ちよさに抵抗なんてどうでもよくなって、縋りつくように北の胸元を掴んだ。舌が勝手に北の舌に応えるように動いてしまう。なんにも考えられない。息苦しくてさらに口を開けば深く口内を荒らされ、ふたりぶんの呼吸が狭い粘膜の中で合わさって、くちゅくちゅと音を立てながらふたりの輪郭を曖昧にした。

「な、なにすん……」
「ちゅうせえ言うたんおまえやろ」

 唇を離したときには、はあはあと肩で息をしていて、強がったことを言ってみても力が入らない。そんなわたしをいいことに、北は制服のスカートを捲し上げて、少し汗ばんだ太ももに手を這わせた。きわどいところを何度も往復するので思わず腰が浮く。ときおりその柔らかさを堪能するように掴みながら、北はわたしの首すじを舌でなぞり、やがて耳たぶを唇でやわく挟み込んだ。ぞくぞくと背骨に沿って何かが駆け上がる。この先に待っているものに期待してしまう自分自身がとてつもなくいやらしく思えて、まぶたの縁に熱い水がせり上がってきた。

「や、……耳、やだ…」
「煽ったんもおまえや。ちゃんと自分の行動に責任持ちや」

 謝ってももうやめへんけどな。そう言いながら、耳のくぼみに沿って舌先を抜き差しするので、北の湿っぽい息遣いが直接鼓膜を震わせ、その刺激で甘ったるい声が漏れだした。そんな声が出ることに自分でも驚く。後頭部に回されていた手がわたしの胸を服の上からやわやわと揉みしだくと、下腹部に熱がうごめくように集まって、あしをこすり合せる。だけどそれを許さないとばかりに北の足がわり込んでくるので、どうにか熱を逃したくて身をよじり、本能的に北に擦りつけてしまう。はずかしさで涙の膜ができても、北はおかまいなしに膝でわたしの足のあいだをぐりっと刺激して、ぶるりと震えるわたしの反応を楽しんでいる。
 お腹の底に集まる熱に気を取られているうちに、ブラウスのボタンがひとつ、ふたつ、みっつと外され、肌寒さに鳥肌が立つ。思わず両腕で胸元を隠して涙目で北を見上げると、笑顔だというのに煽情的で、初めて見るその表情にこくりと唾を飲み込んだ。

「…やだ、……見んといて…」
「見られるん期待しとったんちゃうんか、こんなフリフリのかわいい下着つけて」
「ちがっ……」

 なけなしの抵抗をみせたところで、北の腕力にはかなわない。わたしの両手は北の片手でいともたやすく束ねられ、ねじ伏せられる。北はわたしをもてあそぶように鎖骨をひとさし指でなぞって胸のあいだに舌を這わせた。わたしの中にひそむ女の部分を暴くような舌づかいに、抑えきれなかった熱が足のあいだがとろりと流れ出る。肝心なところをさわってくれなくて、もどかしくて、背中を反らせて主張すれば、やっと下着のホックが外されて、北の少し冷たい手のひらがじかにふくらみに触れて、つかまれ、簡単に形を変えてゆく。

「あっ……」
「エロい格好やなあ」
「そ、……これ、は…きた、が……!」
「俺がなんやて?」
「やぁっ、!」

 そんなふうにしたのは北のくせに。弁明の余地なんて与えてくれないくせに。ぷくりと膨れた突起を弾きながら、反対側のほうを口にふくんでころがされてしまうと、今までとは比べものにならないくらいの刺激がからだをびりびりと痺れさせた。
 おかしなことにもっとしてほしいと思っている。でもそんなこと、ひわいで口にすることなんてできないから、頭の上で束ねられている手から力を抜くと、北の拘束していた手がわたしのからだの境目をねっとりと這い、やがて足のあいだのすっかり水びたしになった部分にたどり着いた。焦らすように割れ目のあたりを何度か往復すると、その長い指がショーツの隙間に割り込んで、呼吸とは言いがたい短い息が漏れる。
 そこはわたしの意思とは関係なしに、北のゆびをゆっくりと咥えこんだ。引き抜かれるとさみしくなって、お腹の底がきゅうと締まる。そしたら、また、奥までぐっとあたえられて、そのたびに水気が増す。

「あ、せ、せいふく汚れちゃう」
「俺は制服好きの変態らしいからこのまま続けたいけどなあ」

 あのときの言葉がこんなふうに返ってくるなんて誰が予測できただろう。意地悪く笑う北の顔を見て、後悔の念が押し寄せる。だけど、それが確実に燃料になっている。つぷ、と増えたゆびがわたしの中でばらばらに動く。見惚れるほどにうつくしく手入れされたゆびさきは、なにもこの行為のために整えられた訳ではない。そんな北のゆびが、わたしのいやらしいところに入りこんで、あけすけな水音を響かせて。こんなの、背徳感でいっぱいになって、どうにかなってしまう。

「あ、また濡れた」
「んっ、あっ……あ、」
はずるい女やなあ。いっつも減らず口叩いとるくせにこんなときだけ素直で、正直たまらんわ」

 北の言葉に恥ずかしくなって口を覆う。くぐもった声を漏らしながら、甘ったるい刺激に堪えていると、カチャカチャとベルトを外す音が聞こえ、中途半端に脱がされたまんまのショーツを取り払われる。覆うものがなくなってしまったそこを隠すように膝を閉じれば、北は「足、開け」と、とんでもないことを言う。これから与えられるであろうものへの期待と不安に戸惑っていると、まなじりを下げた北が「お願いや」と優しくキスを落としたので、ほんの少し力が抜ける。だけど優しいのはキスだけだ。そのときに垣間見た北の目は、すっかり熱を帯びて、支配欲のようなものをちらつかせていた。
 ずるい。そんなわたしの中に入りたくてしょうがないみたいな顔されたら、わたしだってたまらなくなる。ゆるゆると膝を開けば、北はわたしの頭を撫でながら、大きくなったものをわたしの入り口にあてがった。

「い、痛い……」
「力抜かれへん?」

 簡単に言ってくれる。誰の侵入も許したことがないそこは、北のものを受け入れるには狭くて身が縮こまる。ぎりぎりと北の腕に爪を立て、ぎゅっと目を閉じていると、北がはあっと長い息を吐いた。呆れたようなため息にびくりと震え、北を見る。
 いやや、きらわんといて。そんなことを思ったら勝手に目の縁にたまった涙が頬をすべっていった。北はその跡をガラス細工に触れるような繊細な手つきでなぞり、汗で張り付いたわたしの前髪をはらって、そこへ自分の額をこつんと合わせた。

「なあ、好きやで、

 まさかこいつがこんなにも愛しそうにわたしの名前を呼ぶなんて。そんなこと想像したこともなかったから、それは不意をつくようにわたしの力を奪い去る。
 北の首に腕を回して肩口に顔を埋めると、北のにおいで満たされる。そのまままぶたを閉じると、かたくなだった膝頭がふっとほどけて、わたしが18年間守ってきたものを北に捧げる音がした。

「……ぁ、んっ……んっ、」

 北はまるで自分の形を覚え込ませるようにゆっくりと出し入れを繰り返す。その度に、おろしたてのシーツとくしゃくしゃになったスカートが擦れる音が生々しく部屋中に響き、ふたりの粘膜のつなぎ目が潤んだ音で鼓膜が震えた。北がわたしをつくりあげている音。その事実がわたしを愛おしさでいっぱいにして、縋りつくように名前を呼んだ。

「ん、っ、あっ、きた、」
「そんな声で名前呼ぶん、ほんまずるいわ」

  北の顔を見る余裕なんてない。だけど、ときおり悩ましげに息を吐くから、わたしの心が騒めいて、からだじゅうが粟立つ。自分からすすんでずるい女になっているわけじゃない。ぜんぶ北のせい。何度も揺さぶられて痛みすら薄れて、甘い快感で下腹部がいっぱいになって、ぐずぐずに濡らして、はしたない声をあげて、わたしそのものをはがれ落とすような熱があふれる。それもぜんぶぜんぶ北のせいなのに。
 緩やかに動いていた北の腰が獰猛に沈み込むようになると、脳みそがどろどろに溶けてしまったみたいに、なんにも考えられなくなる。拠りどころが欲しくなって背中に手を回すと、どろりと熱い、北の汗に触れた。部活のために流していた神聖な汗が、いま、わたしとの行為のために流れている。そんなことを思うと、どうしようもなく気持ちが高ぶってしまう。

「あ、あっ…!」

 ひときわ高い声が漏れて、目の前に星が爆ぜる。だけど、のぼりつめるような衝動を感じた途端に、北は動きをゆっくりしたものに変えてしまった。あたえられていた快感が急になくなってしまうことがこんなに心許なくてもどかしいなんて知らなかった。懇願するような目を向けても、北は挑戦的に目を細めるだけで、焦らすような動きをやめてくれない。

「…なあ、……お、お願い……」
「下の名前呼んでくれたらな」
「んっ、んっ、…し、……し、んすけ…」
「ははっ、かわい」

 ぐっと捩じ込まれると、また、あられもない声が漏れ出して、恥ずかしさでいっぱいになりながらも、奥に与えられる刺激で、それすらどうでもよくなってしまう。激しくなる律動にあわせてわたしの腰も勝手に動く。北のものがさらに下腹部を圧迫し、わたしの粘膜がひくりと波打ち始めると、からだじゅうが痺れたように、小さくわななく。白い混濁した意識の中、北の切なげに眉をひそめた姿だけがかろうじて網膜に残っていた。



 あれから少し眠っていたようだった。薄く目を開けるとカーテンの隙間から昼と夕暮れの境目みたいな光が射し込んで、部屋が全体が黄色味を帯びていた。体が鉛のように重たくて、起き上がるのが億劫だ。ごろんと横向きになると、先ほどまで着ていた制服がきれいにたたまれているのが目に入って、途端に羞恥心が湧き上がる。思わず布団を頭まで引き上げて丸まっていると、片づけの続きをしていたらしい北が「起きたんか」と言いながらベッドに腰かけた。ちらりと布団の隙間から様子を窺うと北はマグカップを持っている。

「白湯や」

 白湯……。本当にこの人はつい先日まで高校生だったのだろうか。でも、たしかに、陽が傾き始めると室内でもまだ肌寒い。ありがたく思いながら、少し痛む体をゆっくり起こしてマグカップを受け取り口をつける。北は、そんなわたしの様子を眺めて、安心したように肩を落とした。

「なあ、制服脱がした?」

 もそもそと布団を首元まであげて聞けば、北はたたまれた制服に視線を向けて「寝苦しそうやったからな」と答えた。でも、脱がされているのは制服だけではない。情事の最中に行方不明になっていたショーツと中途半端に脱がされていたブラまでもが制服と一緒に綺麗に置かれていて、なんだがそれが行為の証みたいで、恥ずかしくて仕方がない。赤くなっている顔を隠すように、布団を口元まで引き上げる。

「み、見た?」
「見たって俺らさっき、」
「わーわー、みなまで言うな」

 自分で聞いといてそれはないだろう、と膝と一緒に頭を抱える。北は続きを言うことなくその場で座って、わたしが落ち着くのを待っているようだった。
 しばらくそうしていると、ドキドキと早くなっていた鼓動もいつものペースを取り戻してきた。そろそろと頭を上げ、膝に顎を乗せて北を見ると、何事もなかったかのように平然としているので段々腹が立ってくる。だからわたしは言ってやったのだ。

「なあ、制服姿興奮した?」
「おまえまだそんなこと言うとんか」
「なあ、なんでゴム持っとん? そんなにわたしとしたかった?」
「おまえの口、もっぺん塞いでもええか」
「うん、塞いでよ」

 腹が立つ。わたしばかり触れたいみたいで腹がたつ。北は目を見開いて呆気にとられたような顔をして、一度だけ喉仏をこくりと上下させた。

「なあ、怒らんと聞いてくれる? わたし、北ともう一回したい」

 目覚めて隣に北がいなかったこと。それがとてもさみしくて、不安だった。ぬくもりが恋しくて恥を忍んで言った言葉に、北は大きくため息をついた。怒らんといてって言ったのに。そんなふうにため息をつかれると、胸が掻きむしられたみたいに痛くなる。

「そんなため息ついて、嫌なんやったらええわ」

 涙がこぼれ落ちそうになったのを隠そうと布団の中に潜り込んだけれど、あっけなくはがされ、何かに堪えるように下唇を噛んだ北がわたしに覆いかぶさってきた。

「ちゃうわ、あほ。かわいくてしゃあないってため息や」
「そんなん、言ってくれな分からんわ、あほ」
「そうやな、言わな分からんわな、好きやで

 不意をついたような言葉に全身が火照り真っ赤になれば、北は「おまえはホンマにたまらんわ」と全身にキスの雨を降らせた。それを一身に受けながら「わたしも好き」と返事をすると麻薬のような甘くて深いキスで息が乱れる。ふたりで呼吸を合わせるために唇を離せば、どちらともなく笑みがこぼれる。
  なあ、北。そこの公園、桜がきれいに咲くらしいから今度見に行こか。おでこを合わせて言ったときの北の顔がいつになく優しかったから、はじめて迎える別々の春だって、きっと乗り越えられる。大丈夫。距離だって、不安だって、恋のスパイスに変えてみせるから。だから今だけ、誰にも言えない甘美なひみつを共有しよう。








こちらのお話は12月20日頒布予定の稲荷崎夢本「ゆめごごち」に収録しております「花の粒子をひとつまみ」の後日談です。 単品としてもお読み頂けるよう書いておりますが、夢本の方を読んで頂くとよりいっそう楽しめるかと思いますので、ご興味ある方はぜひよろしくお願い致します。