5. 万華鏡

 宮くんは、ああ言ったものの、かれこれ二週間近く現れなかった。もう一月も終わりを迎える。毎日毎日どきどきして過ごすのも馬鹿らしくなって、今日も諦め半分でバイトを終え、帰路につこうとした時にタイミングよく隣の喫茶店のベルが鳴った。
 クリスマスイブの日を彷彿させるタイミングの良さに思わず足が止まる。足元を見ると、お店から出てきたその人はローファーを履いていて、学生であることが見て取れた。徐々に視線を上にずらしゆく。稲荷崎高校の制服だ。鼓動が早さを増して、体が熱を持つ。

「久しぶり」

 わたしが顔を確認するよりも先に声をかけられる。その声は、わたしがずっとずっと待っていた人の声によく似ていたけれど、少しだけ落ち着いているようにも聞こえる。じっと顔を見つめると、宮くんよりも眠たそうな目元をしていて、すぐに宮くんが双子であったことを思い出した。

「宮……治くん?」
「せや。治の方」

 本人ではないことが分かると、徐々に心臓の動きが平常運転に戻っていった。力の入っていた肩を落として、ふうっと息を吐くと治くんは「ちょっとだけええか」とわたしの半歩先をゆっくりと歩き出した。さすが双子。斜め後ろから見た姿がおんなじだ。見つめていると宮くんを思い出して胸がきゅうと締めつけられる。

「俺、さんに謝らなあかんことあんねん」
「え?」

  小さな公園に差しかかったところで治くんが急に立ち止まった。謝られなければいけないこと。どんなに記憶をさかのぼったところで、侑の方に謝ってもらいたいことはたくさんあっても、治くんに謝ってもらいたいことなんてひとつもない。不思議に思って首を傾げて見つめていると、治くんは申し訳なさげに眉尻を下げた。そんな顔までもそっくりだから、わたしは宮くんに会いたくてたまらなくなった。

さんがケーキ屋でバイトしてること侑に言うたん俺やねん」

 治くんの発言で、今まで起きた出来事が、独立したものから一本の線になる。わたしが納得したように頷いたのを確認すると、治くんは「勝手なことしてすまんかった」と軽く頭を下げた。

「信じられんかもしれんけど、あいつ、中学のときのさんが一緒に写ってる集合写真、今でも写真立てに入れて机の上に飾ってんねん。それ見とったら教えてやった方がええんちゃうかと思ってな」
「うん」
「侑がさんにしたこと知ってるし、どうしようもなくアホなんやけど、味方してやれるん俺だけやし」
「うん」
「年明けくらいはあいつ機嫌ええな思てたけど、最近写真見てため息ばっかついて鬱陶しいねん」
「なんか……ごめん」

 治くんは「いや、さんが悪いとかやないねんけど」と頭をがしがしとかき乱した。一緒に暮らしていると癖さえもおなじになるのだろうか。それとも、遺伝子に組み込まれているから、そんなふうにおなじ癖になってしまうのだろうか。困ったときの行動が酷似しすぎて、ついくすりと笑いを零してしまう。それをちらりと見た治くんは安心したのか空を見上げて、冬の星座をあっためるように息を吐いた。それに倣ってわたしも見上げる。あまり星の見えない街だけど、今日は空気が澄んでいて、いつもより多くの星がまたたいている。

「ええんよ。最初こそ会うの嫌やったけど、宮くんといると楽しくてやっぱり好きなんやなあって思って。でもな、宮くんもわたしのこと好きやって言ってくれたけど、怖くてなかなか信じられへんねん」

 誰にも相談できなかったことを、わたしは今、好きな人の双子の片割れに話している。治くんとは、友だちと言ってもいいのか分からないくらいの間柄なのに、何故か躊躇なく宮くんへの想いを打ち明けられた。謝るためにわたしに会いにきてくれた治くんを悪い人だとは思えなかったからかもしれない。くすぶっていた想いを口にしたことで胸のつっかえが少しだけ取れ、治くんに視線を向けると、治くんも「しゃあないやろ」と言ってわたしを見つめた。ほんの少し口元を緩めて意地悪げに微笑んでいる。

「あいつにはそれくらいが丁度ええ。さん傷つけた罰やねん」

 治くんの言葉で、霧がかった気持ちが晴れてゆく心地がする。誰よりも宮くんの近くにいる治くんの言葉だからか、それはすとんと胸の内に落ちて体じゅうに広がった。宮くんを信じられない自分自身が嫌だった。きっとわたしは、そんな自分を誰かに認めてほしかった。

「ありがとう、なんかちょっと吹っ切れたわ」

 澄み渡った空みたいに気持ちがすっきりした。うんと背伸びをして治くんを見上げると「そら良かった」と目を細めた。
  心が沸き立って、すべて思い出す。宮くんに恋をすることは、なにもつらいことばかりではないということ。いつも違った色を見せてくれる宮くんを想うことは、万華鏡をのぞき込む気持ちによく似ていた。