ついにやってきた土曜日にそわそわしてしまって落ち着かない。デートというやつは初めてである。いや、正確に言えばデートではないのかもしれないが、男女が二人で出かける=デートという単純な考えである。
そしてデートといえばワンピースという安易な考えである。白いシフォンワンピースにミリタリージャケットを羽織り、足元は歩きやすいようにスニーカーをあわせて準備は万端だ。
待ち合わせはわたしのアパートの前だった。駅にしようかと提案したが、寮と駅の間にちょうどこのアパートが存在するらしい。
今日は、お昼ごはんを一緒に食べて駅前のショッピングモールで買い物の予定だ。ついでに映画でも誘ってみようかな、なんて浮かれていることは自分でも分かってる。うっかり当初の目的を忘れてしまいそうだ。
時間になったので部屋を出て階段を降りると、アパートの入り口の花壇のところで白布くんがチューリップに囲まれて立っていた。花を背負って立っているように見えるその姿はわたしにとっては王子様そのものである。どう見てもめんどくさそうな顔をしているのに、王子様に脳内変換されているわたしには憂いを帯びた表情に見え、とても魅力的である。



「白布くーん!おはよー!」

声がした方を向いてさんの姿を見た途端、全身の血がさっと音を立てて引いた。よりにもよって何故そんな格好をしているんだ。まるでペアルックじゃないか。何故なら俺の今日の服装は黒のスキニーパンツにパーカー、その上からミリタリージャケットを羽織っているのだから。

「あれー?白布くん、お揃いだね!」
「ちょっと待ってください」

思わず両手で顔を覆って考えた。このまま出かければ完全に彼氏彼女に間違えられる。かと言って自分がジャケットを脱ぐにはまだ少し肌寒い。風邪を引けば元も子もない。この人のジャケットさえどうにかできれば何とかなる。幸い、まだアパートの前だ。

さん、ジャケット変えてきてください」
「えー? 嫌だよー! トータルコーディネートしてるもん」

彼女の向きを反転させ、アパートの入り口に向かって背中を押してはみたものの、抵抗が激しく動こうとはしない。それどころか、くるりとまた俺の方を向き、押している腕を簡単にかわしたかと思うと手首を掴まれ、ぐいと一歩近づかれる。

「折角のデートなんだからいいでしょ?」

小首をかしげて上目遣いで見上げられると、何も言えずにうっと詰まってしまう。見た目はかわいいんだよ。かわいいから厄介なんだ。それにデートじゃないから! デートって好き合ってる男女がもっと甘い雰囲気で出かけることじゃないのか。少なくとも自分はこの女のことは好きではない!

「はい、じゃあ行こうね!」

仏頂面のままで立っていると、彼女は無理やり俺の腕を引っ張り歩き出したので、大きく溜息をついた。今日の不幸その一はペアルックで行動することである。
歩き出すと、さんが俺から手を離したので心の底からほっとした。このまま掴まれた状態が続かなくてよかった。手でも繋がれたらどうしようかと思った。安心するとお腹も減ってくる。どこで何を食べるのか聞いていないので、歩きがてら聞いてみることにした。でもどうせ女子が考えることだ、カフェでランチだろうと思い込んでいた。

「お昼ごはん何食べるんですか?」
「ラーメンだよ!」
「……は? ラーメン?」

この女デートって言わなかったか?いや、別にデートじゃないからいいんだけど。いやいや、でもこの人の今日の服白のワンピースなんですけど! 汁とか飛ばす心配とかしないのか? 自分の心配をよそに「駅前においしいラーメン屋があってね、」と話が続いている。

「ねえ、聞いてる?」
「あ、はい」

ワンピースが汚れたらこの人どうするんだろうと考えを張り巡らせていたら少しぼーっとしていたようである。

「学校の友達がね、わたしがラーメン食べるから彼氏できないって言うの。ひどくない?」
「……まあ、今もデートだって言ってるのにラーメン屋連れて行こうとしてるくらいなんで、本当のことなんじゃないですか?」

そう言うとさんはハッとした顔をしたので、今さら気づいたのかよと思う。彼女は「そっか、そうだよね…」と言いながら落ち込んでいる。このまま落ち込まれた状態でいるのも後々めんどくさいので一応フォローでも入れておくことにする。

「世の中にはギャップ萌えってやつが存在するんで大丈夫なんじゃないですか? さん見た目はいいですし物好きもいますよ」

そう言えば、彼女は目をらんらんと輝かせ、まるで尻尾を振っている犬のように嬉しそうに見上げてくる。

「白布くんも萌える?」
「いえ、俺は最初っから変な女だと思ってるんで何のギャップもありません」

自分がいずれその物好きの仲間入りになってしまうことは知る由もないが、「萌えるかよ! 吐かれたんだぞ」とは言わないでおく。まだ出会ってそんなに経ってない一応年上の女性だ。そんな相手にそんなこと言える程、失礼な男ではない、と思う。多分。
彼女は「えー?」とか言いながら口を尖らせている。しかしその姿はまったく年上には見えない。
程なくして着いたラーメン屋は、まだ昼を食べるには少し早い時間だが行列ができ始めていた。どうやら繁盛はしているらしい。しかし、回転が早いため待ち時間もそんなに長くならずに席に着くことができた。

「これがオススメだよ」

メニューを指差すさんの白く華奢な手を見て、自分もきれいな手だとよく言われるけどやっぱり自分とは違うなと思わず見比べた。

「じゃあそれにします」
「わたしは今日は違うのにしよ!」

テーブル席に向かい合う形で座っているために視線をどこにやろうかと彷徨わせたが、彼女がグラスに水を注ぎ始めたのでそこに落ち着けることにした。
運ばれてきたラーメンは確かにおいしかった。おいしいのだけれど、目の前にいる女が白いワンピースを汚しはしないか心配で仕方なかった。汚れたらまた自分に災難が降りかかると思って気が気じゃない。そう思ってじーっと口元を見ていると、麺はすすらず、ちまちま食べている。どうやら本人も気にはしているらしい。唇が赤くてぷるぷるしてておいしそうだなと思ったところでハッとする。ちょっと待て、今自分は何を考えた!? しかし怖くて記憶を巻き戻すことはできない。

「白布くーん? どーしたの? ラーメンのびちゃうよ?」

動きをとめていた自分を怪訝に思った彼女が手のひらを目の前で振っている。

「いえ、別に。そっちのもおいしそうだなと」

口から出まかせである。しかし、それを信じきっているさんはあろうことか自分のラーメンを差し出してきたのだ。

「早く言ってよー! 一口あげるよ!」
「はあ、どうも」

自分で言ってしまった手前食べない訳にもいかない。差し出されたラーメンを一口すすると彼女は言った。

「食べてるもの交換するなんてデートみたいだね!」

自分で蒔いた種だが、デートっぽいことをしてしまい、さんを浮かれされてしまったことが不幸その二である。また大きな溜息をついてしまった。次はどんな不幸が待ち構えているのだろうか。

ショッピングモールに着いたのでスポーツショップに寄って、はい、終わりだと思っていたのにそうではなかったようだ。スポーツショップよりも先に映画館の前に連れてこられたため、眉をひそめる。不機嫌丸出しの顔は敢えて隠さない。

「……どういうことですか?」
「お詫びに映画もどうですか? お金はわたくしめが払いますので」

なぜ突然敬語なんだ。よっぽど怖い顔をしているのだろうか。しかし、もうここまで来れば開き直るしかない。どうせ1回きりなんだし、好きなようにさせてやった方がスムーズに事がすすむかもしれない。そう思ったのにそれも間違いだったなんて夢にも思わないじゃないか。
見たのはアクション映画だったが、彼女は無意識なのだろうけど驚く度に小さく「わっ」と言いながら自分の手を掴んできたのだ。落ち着けばすぐ離されはするものの、とてもじゃないが映画に集中できやしなかった。次はいつ来るんだと身構えていると全くストーリーが入ってこなかった。エンドロールが流れているときに見た彼女の楽しげな顔が自分の鼓動を早めただなんて疲れていたからに違いない。

「おもしろかったね!」
「……そうですね」
「何か疲れてない?」
「……まあ」

おまえのせいだよと心の中で叫ぶ。無自覚って怖いと思った。しかし、ようやく今日の本来の目的を果たすことができそうである。二人の足は、ようやくスポーツショップの方へ向かっていた。
ついでにシューズも見てみようかとぼんやり考えていると、隣のさんがいつの間にか姿を消していた。はあっと大きく溜息をつく。もはや不幸がいくつ訪れたか数え切れない。後ろを振り返ると少し離れたところでアクセサリーショップを眺めている彼女を発見し、イライラしながら近づいた。

さん、今度勝手にいなくなったら俺帰るから」
「ごめんー! かわいいの見つけて買おうか迷ってたら足がとまっちゃった」

彼女が見ていたのは星のイヤリングだった。「うーん」と唸りながら悩んでいるようだが結局買わず、「行こうか」と自分の隣に戻ってきた。

「買わないんですか?」
「今月は結構自分に使っちゃったから我慢するよ」

今日、自分を好き勝手振り回している彼女が物欲をコントロールできていることが何だか意外だった。欲望の赴くままに買い物してそうなイメージだったのだ。
やっとスポーツショップに入ることができて目的だったTシャツを購入し、胸を撫で下ろす。もう達成されないのではと思っていた。むしろ忘れられているのではと思ったぐらいだ。
気づけば時刻は夕方である。ショッピングモールの入り口にも夕日が差し込んでいて眩しい。「そろそろ帰ろうか」と言われ、やっとこの心臓に悪い一日が終わると思って安心し気を抜いていたところに、さんに服の裾をくいくいと引っ張られた。見下ろすと眉尻を下げ少し寂しそうな顔をしている。

「今日はありがとう。迷惑かけてごめんね。楽しかった」

楽しかったって言ってるのにもっと笑えよと思ってしまい、それもこれも気を抜いてしまったからだと思いたい。

「ちょっとここで待っててくれますか」
「え?」

向かったのは先ほどさんが足をとめていたアクセサリーショップだった。何でこんな柄にもない少女漫画のようなことをしてるんだと思ったが、でももうこうやって一緒に出かけることもないだろうし、と必死に言い訳を探す。彼女が買おうか悩んでいた星のイヤリングを購入して、待たせていた場所に戻るとテンションの低いままの彼女が俺の方に顔を向けた。

「トイレ?」
「違います」

何で自分はこんなデリカシーのない女にアクセサリーなんか買ってしまったんだと思いながらも、テンションの低いさんに調子が狂う。「これ」と言いながらイヤリングを差し出すとビー玉のような綺麗な目がきらきらと輝いた。

「え? なんで?」
「Tシャツと映画のお礼です」
「でもそれはわたしのお詫びの気持ちだったからお礼なんて……」

受け取ろうかどうしようか迷っている手が空中を彷徨っている。何でさっきまであんなにウザいくらい積極的だったのに急にしおらしくなるんだ。

「デートなんですよね?」
「でも、お詫びが……」
「じゃあまたお詫びしてくれたらいいですから」

さっさと受け取ってもらいたくてつい口走ってしまったが、これだとまた会う口実を作ってしまったのではないかとハッとした。けれど「ありがとう」と言って今日一番の笑顔を見せてくれたさんを見ると、もう一回くらいいいかと思ってしまった。俺は完全に絆されてしまったらしい。

「白布くんもデートだと思ってくれた?」
「まあ今日はそういうことにしといてあげますよ」

今が夕方でよかったとつくづく思う。だって頰が熱いのはきっと夕焼けのせいだから。





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