俺の家との家は歩いても五分とかからない距離に存在している。家族ぐるみで付き合いのある、いわゆる田舎のご近所さんだ。物心つく頃からいつも一緒、何をするにも一緒だった。付近に住んでいる年の近い奴らは何故か男ばかりで、集まって遊ぶときは大抵男子特有のわんぱくな遊びになり、その輪の中に一緒にいたは自然とたくましく成長していた。
日に焼けた肌に、結い上げるには少し足りない短めの髪。動きやすさを重視したようなショートパンツにシンプルなトップス。同い年の女子が着ていたようなフリルのついた服を身につけているのを見たことがなかった。
男子と一緒に遊ぶせいか虫も平気だったし、運動神経もよく、女子からはどちらかというと頼りにされていて、男子にからかわれている女子を守ったりしているのをよく目にしていた。裏表のないサバサバとした性格からか男子からも女子からも人気が高く、でもそれは恋愛といった類ではなく友人としてのことだ。だからこそ男子と仲が良くても女子から変なやっかみを受けることなく過ごしてこれたのだろう。俺もそんなが自分の幼馴染であるということが誇らしく、俺たちの仲間だと思っていた。
俺たち二人の関係に変化が起き始めたのは中学校へ入学した頃からだろう。の短かった髪の毛はいつの間にか肩に届き、編み上げられたり一つに結われているのを見かけるようになった。すれ違うと俺たち男子とは違う甘ったるいフルーツのような香りが鼻腔をくすぐり、思わずくしゃみをしそうになってしまった。休みの日に見かける私服は、テレビで見るアイドルや雑誌に載っているモデルが着ているような妙にヒラヒラとしたものを好んで着るようになったみたいで、二人の距離は自然と離れ一緒に遊ぶことはなくなっていった。
はっきり言って、話さなくなったのも遊ばなくなったのも明確な時期が分かるわけではない。が変わったのは中学校入学がきっかけにすぎないというだけだ。段々と俺の知らないを見かける度に裏切られたような気持ちになり、怒りが湧いた。そして仲間だと思っていたのは俺だけだったのだと何だか虚しかった。
たまに話す内容といえばお互いの両親からの伝言くらいで、おいしい野菜が手に入ったからお裾分けするね、とかそれくらいのものだ。そもそも女子と話をするだけで男子からコソコソからかわれるのだからたまったもんじゃない。そういう奴らばかりが集まるところにいると感化されてしまうのか、俺も次第に女子と話すなんてなよっちいと思うようになり、俺との距離は俺にとっては丁度よかった。今思えば、それは思春期特有の感情だった。あのときもっとこうすれば、ああすれば。考えたって仕方がないことだけれど、自分の気持ちに素直に向き合っていればここまで関係が拗れることなんてなかったのかもしれない。
二人の会話が数えられる程度に少なくなった頃になると、俺の身長は急激に伸びた。それに伴って小さい頃から続けていたバレーボールの方でも地区の選抜チームから召集がかかるようになり、段々とバレー漬けの日々に染められていくようになる。苦しいときも多少あったけれど、面白いように技術面でもめきめきと上達していき、そのまま夢中になってバレーの練習に明け暮れていると、気づけば宮城の強豪校、白鳥沢学園から推薦をもらっていた。
俺は迷わなかった。もっと上手い奴の中で自分の力を試したい。そう思って、寮生活になるが頑張りたいと両親に告げるとすんなり了承が得られた。今までの頑張りを認められたのだと感じて素直に嬉しかった。
高校生活は地元を離れ、仙台市で送ることになる。このことは親しい友人には告げたが、には言う必要はないだろうと自己完結していた。だって、もう、しばらく話していないし、お互い何が好きで何をして過ごしているかを知っているような関係ではなかったのだ。それぞれ自分の進むべき道に進む。それでいいのだと子どもながらに納得していた。
なのに、中学校卒業間近になって突然家を訪れたに外に連れ出されたのだ。まだ雪が残っていたのに、手袋さえ引っ掴む余裕もなく両手がかじかんでいたのを覚えている。セッターの指をどうしてくれるんだと少しイライラしたが、もひどく怒っていた。どうやら俺の母親から俺の進路を聞いたらしい。
が俺の腕を引いてやって来たのはここら辺では有名な神社だった。なんでも、鳥居をくぐる前にある自販機でラムネを購入して虹色のビー玉が入っていると、願いが叶うと言われているのだ。
は寒い中無言でラムネを買い続けた。片腕がラムネ瓶でいっぱいになっても普通の水色のビー玉が入っているラムネ瓶しか落ちて来ず、それでも買うのをやめないを見てられなくなって、購入ボタンを押す手を止めさせた。突然自分の動きを止められたは弾かれたように俺の顔を見上げた。握りしめたの手は手袋越しなのに熱く感じて、それは俺の手がかじかんでいたせいもあるのかもしれないが、が泣くのを堪えていたからというのが一番の理由だったのかもしれない。
俺はのその表情に突き動かされるように自販機のボタンを押した。するとあれだけ出てこなかった虹色のビー玉が入ったラムネ瓶がガコンと音を立てて落ちてきたのだ。俺たちは思わず顔を見合わせた。

「ねえ、英太は何か願いごとないの?」

あれだけ必死になって購入ボタンを押していたのはの方だったのだから、願いごとがあるのはの方だろう。でも、虹色のビー玉を引き当ててしまったのは俺なのだから俺が願いごとをする他ない。

「バレーで全国行って優勝する」
「……ほんとうにそれだけ?」

ぐずぐずと鼻をすすりながら問うの声を聞いて、ついに泣いてしまったのかと焦って顔を見たが、は寂しそうに笑っているだけだった。泣きたいのに泣けない、泣いてはいけない、そんな強い意志を感じた。口元は必死に弧を描こうとしていて歪んでいる。そんなの切ない表情を初めて見た俺は、彼女に抱いていた淡い想いをそこで自覚したのだ。
きっとここで「もう一度二人の関係を始めたい」と言うのが正解だったのだ。だって全国で優勝なんて願ってどうこうなるものじゃない。結局は自分の努力でつかむものなのだから。だってそれを期待していたからそんな言葉が口をついて出てきたのだろう。
バレーに集中したい。俺より上手い奴はたくさんいる。と、彼女への想いをここに置いていくと決めたのは自分自身だ。なのに、二年半の時を経ても未だくすぶっているこの想いを手なづけられず持て余している俺は、あの頃から全然大人になんてなれていないのだ。




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